タイでの新型コロナウイルス感染症をめぐる状況は、ミニチュア版タイ政治の風刺画といった様子だ。タイ人は統治を選択する際、二つの悪、選挙政党(the electorate party)と官僚政党(the bureaucratic party)というジレンマに直面する。それというのも、選挙とクーデターの繰り返しは民主化の達成を妨げ、官僚国家を有力なプレーヤーにしてしまったからだ。民主的な選挙で選ばれた政治家は、大抵が腐敗し無能である一方、官僚政党を代表する軍事政権は、情け容赦なく、国民に対して無関心だ。現政権が両者の中間にあたるのは、2017年憲法が、2014年の軍事政権の指導者であるプラユット・チャンオチャ将軍を茶番的な民主主義政府の首相に据えることに成功したためである。彼のコロナウイルス感染症への対処の仕方は両者の最悪な部分を示している。

タイ政治の専門家たちは、以前から2017年憲法が壊滅的な結果を生み出すだろうと警告していた。2017年憲法の起草者たちは、選挙がプラユットに有利になるように、小政党に有利な選挙制度を採用した。選挙委員会はさらに、これを対立が絶えず、不安定で混沌とした20党連立の政権がもたらした馬鹿げた結果であると解釈した。このような連立を見事に率いるには、並外れたリーダーシップが必要とされる。しかし、プラユットがそのような能力を示したことはない。プラユットには自政権を動かし、これと協議する上で必要となるカリスマ的魅力も、人当たりの良さも無い。この結果、政治家プラユットのパンデミックへの対応は遅く、一貫性を欠くものとなった。タイが中国を除いて世界で最初にコロナウイルス感染症の事例を報告した国となったのは、2020年1月13日のことだ。プラユットは海外からの旅行者を制限することを拒むどころか、4月に向けて観光事業のさらなる推進に努めていた。系統だった隔離措置は一切取られなかった。自宅待機の指示も出なかった。さらなる感染が続いた。パニックが実感される頃には、マスクが店頭から消えた。医師や看護師らは防護服も無いまま、休む間もなく働くことを強いられた。防護具不足を解決する試みは、商務省と保健省の大臣たちの反目に終わった。彼らはプラユット政権で連立を組む別々の政党の出身であった。感染が1日100件を上回るようになった3月に入ってようやく、プラユットはこのパンデミックを非常事態と宣言する緊急布告を発動した。

非常事態宣言によって意思決定権は内閣から特別指令部に移されたが、この司令部は大臣や高級官僚、陸軍大将などから成り、これを率いるのは首相である。要するに政治家プラユットを、広範に及ぶ権力と刑事免責を備えた独裁者プラユットに逆戻りさせたのだ。非常事態宣言は、行政裁判所による審査の対象ではない。現在、プラユットが率いているのは、自身の内閣ではなく、より専門的で利己的でないとされる官僚集団である。プラユットは部分的なロックダウンを発令したが、これには集会の禁止や国境および空港の封鎖、午後10時から午前4時にかけての外出禁止令が含まれていた。5月初頭には、感染はほぼゼロにまで減少している。

だが、危機の「効果的管理」のために何が犠牲になったのだろう。タイの官僚制は本当にその神話とともにあるのだろうか。民主主義が後退すれば、官僚国家は一段と強大なものとなる。けれども、この官僚国家には、その力を効果的に行使する能力が欠けている。公務員という仕事は、階層的で権威主義的な労働文化に耐えられる人々にとっては、極めて安定した職業だ。長い間、公務員職が頭脳流出に悩まされてきたのは、才能ある人々がより創造的な仕事を求めて去って行くからだ。近年の独裁政治(2014~2019年)は、軍事政権への忠誠心を昇進の判断基準としたことで、この問題を悪化させている。権威主義的組織が従来にはない脅威に対処しかねているというわけだ。

コロナウイルス感染症がもたらしたのは、タイにはお馴染みの共産主義者の反乱やマレー系イスラム教徒の分離主義運動、タクシン支持者層など国家安全保障上の脅威とは異なる未知の危機だ。プラユットは、新型コロナウイルス感染症について、国民の生活も含む、いかなる犠牲を払ってでも撲滅するべき敵だと言った。政府のモットーである「自由の前に、まずは健康(health before liberty)」は、この二つの概念を二者択一的に捉える政府の権威主義的思考をうかがわせる。独裁者プラユットは、その政策の社会経済的影響を理解できていなかったのだ。こうして国の安全を主張することで、政策が与える影響に関するあらゆる議論は締め出される。

全国規模の突然のロックダウンは中小企業に衝撃を与えた。大量の解雇や一時解雇によって、何百万人ものタイ人が職を失った。与えられた救済はあまりにもわずかで、あまりにも遅かった。救済計画の始動までに何週間もかかった。救済計画では当初、300万人を想定していたが、約2,000万人の失業者が申請し、煩雑な事務手続きや官僚主義がこの申請登録の前に立ち塞がった。絶望した個人や家族が自殺を図っていると毎日報告されている。だが、政府は全く同情を示さずに、間違った行動を取っていると人々を責め続けている。政府は2月と3月に旅行者の殺到を阻止できなかった自分のことなど、完全に忘れているのだ。

コロナウイルス感染症対策の権限は誰が持っているのかという点について、多くの混乱があるのは、政府が声を揃えて発言しないからだ。作業部会の指示に加え、各県では独自の追加措置が出されている。政府が指示を変えてばかりいるのは、官僚機構内の各派閥が一体となって働けていないことを示している。ある時にはロックダウンを緩和させるかと思えば、次の瞬間にはこれが撤回されるのだ。

このように、多くの措置は過剰なもので、恣意的な権力の乱用でさえある。外出禁止令や酒類の販売禁止は、大規模集会を阻止するという目的には明らかに不釣り合いだ。プラユットは当初、航空機の搭乗適格者と記載された診断書(fit-to-fly certificate)を返却するよう、移動する国民に求めていたが、彼は後になって全ての空港を閉鎖した。空港閉鎖は5月末まで延長され、何千人ものタイ人が世界中で立ち往生するはめになった。本国送還用のフライトには時間とお金がかかった。政府は市民社会が援助金を用意するのを手伝うのではなく、これを規制しようとし、これらの活動を大いに妨げた。官僚機構のメンバーは、コロナウイルス検査にも失敗するだろう。ゾンビ国家が眠ったまま、ウイルスの嵐に向かって歩みを進めているのだ。

タイのコロナウイルス物語は、タイ政治の従来のナラティブと重なり合う。タイ人はパンデミックか経済破綻かのいずれかを選ばなくてはならないのだ。どちらの選択肢も死と絶望を意味する。だが、どこでもそうだとは限らない。民主主義政府が非常によい仕事をしている国も多い。2017年憲法が今と違うように作られていたならば、我々タイには強くて効率的で、機敏に応じてくれる政府があり、非常事態宣言も必要なく、誰も自殺する必要などなかったのかもしれない。クーデターの遺産は将軍たちが舞台を去ってなお、我々の命を奪い得る。

 

2020年8月27日 公開 (2020年5月5日 脱稿)

翻訳 吉田千春および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

ケントン・トンサックルンルアーン(Khemthong Tonsakulrungruang):
チュラローンコーン大学法学部講師。憲法学、特に司法政治、法と宗教、表現の自由について研究している。

 

Citation

ケントン・トンサックルンルアーン(2020)「プラユットの二つのジレンマとタイの新型コロナウイルス感染症」CSEAS Newsletter 4: TBC.