タイ国の新型コロナ・ウィルスの発生は、1月13日に中国武漢市出身の女性がスワンナプーム国際空港で入国時の検疫で見つかったのが最初であった。1月末迄の患者の大半が、中国からの旅行者で、合計19人ほどであった。2月10日、タイ国外務省は、「コロナ・ウィルス発生に関して、様々な人々が根拠のない情報を流しているので、それらに惑わされない様に、どこの国、地域にも旅行禁止を発令していない」と、この時点では、旅行者を歓迎し、受け入れる発表をしていた。タイ国の感染者は1月13日以降微増に留まっていた。

しかし、最初の感染者発生から、1ヵ月後の2月13日時点で、累積感染者が33人(中国人24人、タイ人9人)となった。国内での感染例が増加している新型コロナ・ウィルスに関し、タイ保健省は従来の中国、香港、マカオ、台湾に加えて、日本、シンガポールからの渡航者及び過去14日以内に、これら地域に滞在した渡航者に対して、空港でスクリーニングの対象とすることを決定した。

3月中旬より、更に感染が拡大した。バンコクのナイトクラブや格闘技ムエタイの会場で多くの感染者が出た。感染者数が累計100人を超えた3月中旬以降、バンコク首都圏を中心に娯楽施設や飲食店(持ち帰りを除外)の営業を禁止した。

こうした中で、私が住んでいるチェンマイ県の一般市民は、2月後半頃よりマスクの着用と手洗いをすることで、自己防衛する人が増えていった。3月11日にスーパー大型店に買物に行くと、店の入口の横幅が、人がやっと通れるぐらいに狭められ、2メートル間隔に一列に並ぶ様に白線が引かれていた。係員の案内で、その白線の上に立ち、順番に検温チェックと手の消毒をした後、やっと店に入ることが出来た。店内では、飛散したウィルスが付着する危険性があるので、通路近くに置いてあった料理品は全て撤去してあった。人の集まる所では、自主的に感染拡大を防止している姿があった。

3月24日にプラユット首相による「非常事態」に関する勅令の発表となった。夜間外出禁止やアルコール販売禁止令などが含まれ、厳しく、かつ積極的な勅令であった。大型スーパー等では、食料品や生活必需品コーナー以外は閉鎖されており、入口での検温や消毒、レジの前では買物客は間隔を空け、静かに並んでいた。また、マスクは時間を決めて、2個ずつ無料で配布していた。銀行では入店者数制限をしており、順番待ちの人たちは、外部に置かれた2メートル間隔の椅子に座っていたが、いつもより人数は少なかった。

4月になり、1日当たりの新規感染者が初旬では100人を超えていたが、それからは減少傾向に転じた。チェンマイでは、首相が非常事態を宣言する以前より、人の集まる場所へ行かない、行く用件のある人はマスクをかけ、人との間隔を空けるなど、これらの事柄を市民自身が率先して実行している姿があった。市民は、コロナ・ウィルスに対する警戒心を強く持っていた。

妻の実家のあるチェンマイ北部の農村、メーテン郡バーンパオ村では、村の入口で検温と手の消毒をしなければ通行させない感染拡大予防措置がとられていた。タイの地域社会では、日頃から助け合いと結束が固いので、非常事態が発生した時は、直ぐに自衛行動に移せる利点がある。マスクの作り方をネットで調べ、作ったマスクはタンブン(積徳)で寄付している人もあり、お寺や病院、役所等の敷地内を利用し、市民が持ち寄った食料品や生活用品等を困っている人たちに配布する運動が盛んに行なわれている。また、市民が食料庫を路上において、その中に食料品を寄付する人、貰い受ける人、様々に利用している。タイ国は仏教国であり、各村には寺がある。国民は子どもの時から、寺に参拝し、僧侶に食料品や日用品を喜捨する信仰習慣があり、困った時には、互いに協力し、助け合うことを教えられ、守られている。

並んでいる人たちが、順にボランティアの支給品を受け取っているところ

チェンマイは観光都市でもあるので、昨年迄は中国人をはじめ外国人がたくさん観光に来ていた。この様な環境下であるので、チェンマイでも感染者がたくさん発生する危険性があったが、チェンマイ空港をはじめ、タイ国に存在する全ての国際空港にて、入国制限対象地域に滞在歴のある人については、早くから全員に検疫を強化したことが、海外からの新型コロナ・ウィルスの進入防止に繫がっている。

チェンマイでの当初の感染者は、外国から帰国した留学生、バンコクからの帰郷者、プーケット帰りの観光者で、国境、県境を越え、チェンマイに帰って来た人たちであった。1月31日に1人感染者が発生した後、4月9日迄に累積感染者数40人となったが、それ以降、5月13日までの36日間は感染者が出ていない。

5月になり、タイ国でも、経済活動の再開と国民生活の復旧に向けた動きが本格化して来た。政府は5月3日以降に一部の商業施設を再開し、その後も徐々に規制緩和を実施していく方針である。この場合に感染の第2波のリスクがある。再び感染者が増加すれば、恐らく直ちに再び商業施設などが営業停止となるだろう。

タイ国は空と海と陸からの入国者がある。空と海の場合は、港がある程度固定しているので、その場所で検疫可能であるが、陸の場合は、不法入国の場所が数知れない。最近マレーシアへ働きに行っていたタイ人が陸路を使い、集団で不法入国した事件があった。マレーシア・ミャンマー・カンボジア等に出稼ぎで往復している人たちも多いので、コロナ感染者が多い国からの入国に関して、特に注意が払われている。 

5月14日現在、タイ国では、非常事態宣言(5月31日まで)に関する以下の事は、制限が続いている。

 *夜間外出禁止
 *タイへの入国便禁止
 *県境移動の制限(検疫措置)
 *各種施設の閉鎖(5月3日以降状況を見ながら一部規制緩和)
 *行動の規制、濃密接触の回避
 *特定の人々に対する措置
  以下の人々については、外部からの感染を防ぐため、自らの住居もしくは生活場所に留まること。
  (1)70歳以上の高齢者
  (2)心臓や脳、もしくは気道の病気、アレルギー、先天的に免疫力が弱い者で、医薬品を常時使用する者
  (3)5歳未満の幼児

私は、2006年にタイ国チェンマイにロングステイヤーとして単身で来た。そして、2年後にタイ女性と結婚し、チェンマイにて二人で暮らしている。チェンマイに暮らす日本のロングステイヤーが、今回のコロナ・ウィルス感染拡大について、どの様に対応しているかについて触れてみたい。現在、北部タイ9県に在留する60歳以上の日本人ロングステイヤーは、1,476人(2019年10月現在在留届提出者)である。今回のコロナ問題への対応については、各人各様であるが、一般的には外地においては自助・自己責任が重要であるので、各人が状況を判断しながら適切な行動をとっている。

チェンマイには、二つの日本人高齢者任意団体があり、二つの会を合計した個人会員数は約210人で、会員相互の親睦を図っている。タイ国政府等からの重要な情報に関しては、在チェンマイ日本国総領事館から在留届提出済み者に「新型コロナ・ウィルスに関するお知らせ」として、直接メールが届く。また、二つの高齢者団体のどちらかに所属していれば、その代表者が、総領事館主催の月1回開催される「北部日系団体連絡協議会」に参加しているので、ここからの連絡も得られる。その他、タイ国の諸機関、新聞、テレビ等のタイのメディアを通しても得ることが出来る。

知り合いの亡くなった日本人ロングステイヤーの未亡人女性が、新型コロナウィルス感染拡大により収入がなくなった家庭を訪問し、食料品の支援をしているところ。私は寄付金で参加。

この二つの高齢者団体では、毎月、例会を1~2回開催していたが、このコロナ・ウィルス感染問題があり、多数の人の集会を避けるために、例会の開催を3月度より中止している。また、クラブ活動や事務所も閉鎖し、連絡等は通信網を通して行なっている。

この二つのクラブ会員の平均年齢は71歳であるが、9割の人たちは、週に5,6日は外出し、元気に活動している人が多い。外出先は買物が最も多く、次にゴルフ・テニス・クラブ活動等である。今回のコロナ問題では、買物に関しては、食料や生活必需品の販売については規制が無く、調理済み食品については持ち帰りが出来たので、不便は感じていなかったが、外食を多くしていた人達にとっては、料理店が閉鎖させられていた為に、不便を感じていた。しかし、タイでも配食サービス事業が増え、電話で注文すれば、バイクを飛ばして、直ぐに料理を自宅まで持って来てくれるので助かっている人が多い。ゴルフ・テニス等の会場も閉鎖されたので、これらを楽しんでいた人たちは、タイの日中は暑いので、大型スーパーの冷房してある室内を歩き、そして、夕刻になったら、郊外の小高い所にある公園に行き、ウォーキングしている人もいる。

一番不便を感じたのは、旅行である。年に1~2回、日本を往復する人が最も多く、会員の8割を占めている。帰国月では、日本の寒さが和らぎ始める3~4月に行く人が最も多い。航空券を半年前頃から手配していた人たちは、予定していた3月、4月の航空便がコロナ問題のためにキャンセルとなり、たくさんの人たちが日本へ行けなくなった。たとえ日本に行けたとしても、帰る時には英文の健康証明書が必要で、これが無ければタイへの入国ができない。

日本人ロングステイヤーの中には今回この状況で、支援活動に参加している人たちもいる。高齢者団体の一つでは、会員に募金を呼び掛け、その支援金を元に、食料を購入・持参し、C病院・AMEFA(アジア医療介護交流協会)・F大学と合同による支援活動に2日間にわたって参加した。支援活動は住宅地の集会所で行なわれた。この地域の方には事前に案内されており、米とラーメン、卵などを一つに纏めて袋に詰めた無料給付を実施した。終了後は、マスクを着用したボランティア・メンバーが体の不自由な方のお宅を訪問して、給付が行なわれた。

今回のコロナ・ウィルス発生により、ロングステイヤーとして気づいたことは、「情報網を持つことの重要性」である。今回のコロナ・ウィルスの問題でも、タイ政府の規制や総領事館からの伝達など、必要な情報を素早く手に入れられる環境をつくっておくことが大切である。私の場合は、自分の情報網以外に、タイ人である妻の方からもタイ国のみでなく、世界中のコロナ情報が入ってくるので、敏速かつ最適な判断をする助けとなっている。

次に、私はタイでは一人の外国人ロングステイヤーである。配偶者ビザを持っているが、タイの国籍は有しているわけではない。タイでは、今回の様な感染症流行によって社会的弱者が特に打撃を受けていることから、政府からも一般市民からも支援活動が盛んに行なわれている。私もロングステイヤーと言うよりは、妻と共にタイとの共同体の仲間として、社会的弱者へ向き合い、タイ社会への繫がりをつくるよう心掛けている。

ボランティアの配布する支給品を順番に並んで待っている人達

 

2020年5月14日 脱稿

 

 

山岸 宏: 昭和12年にオランダ領東インド(現在インドネシア)で出生、現在83歳。繊維会社役員を退職後、約10年は日本で暮らす。タイ国チェンマイ県に69歳の時ロングステイ始める。71歳でタイ女性と再婚。邦人ロングステイヤーが終末迄北部タイの地で暮らすことのできる包括的ケアの構築を目指し、2013年にチェンマイ介護研究会を設立。

 

Citation

山岸 宏(2020)「邦人高齢ロングステイヤーからみた北部タイの新型コロナウイルス体験」 CSEAS NEWSLETTER 4: TBC.