はじめに

新型コロナウイルスの流行から早一年、われわれの日常生活は一変した。ふりかえってみると、Withコロナ――COVID-19との共存・共生――がもたらしたものとは、「当たり前」というわれわれの感覚/認識の変化だったのかもしれない。たとえば、今でこそマスク姿の人々で覆われた街の光景を見て驚くことはないが、感染症拡大当初は飲食店の従業員のマスク姿にも違和感を覚えたものである。マスクそれ自体をとってみても、この一年でずいぶんと様変わりしたことに気づく。一昔前までのマスクといえば、その多くは医療用の白・ピンク・水色の不織布製マスクであった。それが今ではファッションアイテムの一つと化すほど多種多様なデザインのマスクが登場している。「いろんなマスクがあってもいい」という感覚もまた、Withコロナによって芽生えたものなのかもしれない。

こうしたマスクの多様化をトピックとして、コロナで変わりゆく日本社会の一側面を描き出すことが本稿のねらいである。特にWithコロナ時代に生じた「手作りマスク現象」――各家庭で余り布を使ったマスクが手作りされるようになったこと――に焦点をあてる。このことに注目する理由は2つある。1つは、筆者が「手作りマスク現象」を市販品のマスク多様化のきっかけとみているためである。もう1つは、筆者の研究が手工芸を対象としているためで、「手作りマスク現象」を追うことにより「人がものづくりをする動機」を知る手がかりとなると考えたからである。買えばほとんどのモノが手に入る現代において、自分の手でモノを作る必要性は薄れている。しかし現代のものづくり離れは、必要な(あるいは欲しい)モノは買うことができるという環境のみに起因するものなのだろうか。コロナ禍に生じた「手作りマスク現象」を通して考えてみたい。

 

マスクへの関心が高まったのはいつ?

まず、いつ頃からマスクへの関心が高まっていたのかを知るために、インターネットの検索動向を参考にしてみよう。

【図1】過去5年間の検索動向(2015年11月17日~2020年11月17日)

はじめに「マスク」というキーワードの検索数が過去5年のうちにどれくらい変動したのかを調べた結果が【図1】である1。これを見ると、検索数は2020年1月19日~同月25日頃から急激に増えはじめ、4月19日~同月25日にピークに達し、その後ゆるやかに減少したことがわかる。その後も前年までと比べると「マスク」の検索数は全体的に増加している。

【図2】過去12か月間の検索動向(2019年11月17日~2020年11月17日)

次に、関連キーワードを加えて比較してみたところ、「マスク 作り方」と「マスク 在庫」が上位にあがったため2、両者を過去12か月間の範囲で比較したものが【図2】である。ピークはいずれも4月5日~同月18日にかけてであり、「100」対「55」と約2倍の差がひらいている。後者が若干上回る時期(3月8日~同月22日)があるものの、全体として「マスク 作り方」の検索数の方が多いことがわかった。 さらに、とくに外出自粛期間中に頻繁に利用されたYouTubeのサジェストキーワードの機能をつかって「マスク」の関連キーワードも調べてみた3。結果は、上から「マスク 作り方」「マスク メイク」「マスクケース 作り方」「マスクの作り方 大人用」で、ほとんどが「作り方」を含むキーワードであることがわかった。

 

マスク不足が深刻化したのはいつ?

以上のインターネットの検索動向の結果から、マスクに関心が集まったのは2020年1月下旬から4月頃と推測できる。では、この頃の社会状況はどのようなものであっただろうか。記憶をたどれば、中国のマスク工場の生産停止ないし輸入停止が噂されたことで全国規模の買い占めが起こり、マスク不足が深刻化していた。実際、同年2月25日に出された感染拡大に備えた「基本方針」には「マスクや消毒液の増産、円滑な供給を事業者に要請するとともに過剰な在庫を抱えることのないよう消費者などに冷静な対応を呼びかける」ことが記され、同年3月の政令改正による「国民生活安定緊急措置法」はマスクの転売を罰則付きで禁止した。また、安倍首相が各世帯に布マスク2枚を配布する方針を発表したのも同年4月1日のことである(いわゆる「アベノマスク」)。こうした政府の対応からみても、マスクの品薄状態とインターネットの検索数がのびた時期は重なっていることがわかる。

 

マスク着用の習慣化と高まるマスク需要

とはいえ、そもそもなぜ従来の流通量を上回るほどのマスク需要がうまれたのだろうか。今となっては「感染拡大予防のため」という大義は自明のものとなっているが、これほどまでにマスク着用が国民に受け入れられた理由として、専門家会議による提言の影響を無視することはできないだろう。以下に、マスク関連の提言をみてみよう。

行動様式についての最初の提言が出たのは2020年3月9日のことである。「クラスター(集団)の発生のリスクを下げるための3つの原則」として、「1. 換気を励行する」「2. 人の密度を下げる」「3. 近距離での会話や発声、高唱を避ける」ことが明示された。3.の補足説明として、「周囲の人が近距離で発声するような場を避けてください。やむを得ず近距離での会話が必要な場合には、自分から飛沫を飛ばさないよう、咳エチケットの要領でマスクを装着する」(下線は筆者。以下、同様)よう推奨された。

そして、緊急事態宣言中の2020年5月1日に初めて「新しい生活様式」と冠した提言が出た。その3日後に出た実践例には、「感染防止の3つの基本」として「①身体的距離の確保、②マスクの着用、③手洗い」が掲げられ、「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」することが「一人ひとりの基本的感染対策」であると明示された。さらに、業種ごとに作成を求めた「感染拡大予防ガイドライン」にも、「各業種に共通する留意点」として「マスクの着用(従業員及び入場者に対する周知)」が明示された。

このように、「新しい生活様式」をはじめとする専門家会議による提言は感染症対策とマスク着用を強く結びつけることにより、外出時に「マスクをしていなければ人の目が気になる」といった同調圧力を正当な「ルール」へと変換した。Withコロナ以前には非日常的にしか使われてこなかったマスクは、下着や洋服と同じくらい日常生活に欠かせないアイテムとなり、国民は何としてでもマスクを手に入れなければならない状況に置かれていったのである。

 

使うためのマスクを「おうち時間」で…

コロナ禍で拡大するマスク需要に応えるためには、市販のマスクだけでは間に合わない状況となっていた。そこで生じたのが「手作りマスク現象」だと考えられる。すなわち、市販品の代わりに、自分や家族が使うためのマスクを手作りする人が現れはじめたのである。

とはいえ、「手作りマスク現象」を誘発した要因は需要の高まりだけではないだろう。というのも、単にマスクが手に入りにくくなったからといって、すぐにそれを作ろうとは思い立たなかったと考えられるからだ。そう考える根拠として、既出の検索動向【図1・2】をみてほしい。マスク不足が深刻化しはじめたのは遅くとも2020年2月であったが、「マスク 作り方」というキーワードが最もよく検索されたのは同年4月であった。つまり、両者には約2か月のタイムラグが生じているのである。2020年4月当時がどのような社会状況にあったのかをふり返ってみると、ちょうど緊急事態宣言が発令され全国規模で外出自粛が本格化した時期であった。「ステイホーム」を余儀なくされ、「おうち時間」を持て余した人のなかには、普段できないことに着手する人が少なくなかった。そうした取り組みの一つがマスク作りであったと考えられる。

 

ハンドメイドマスクの商品化

大島紬のマスクカバー(提供:夢おりの郷)
https://www.yumeorinosato.com/2020/05/01/allsilk/

それでは、マスク不足が解消し、緊急事態宣言が解除されると「手作りマスク現象」はついえたのだろうか。答えは、否である。手作りマスクを商品として売る人が現れはじめたのである。とりわけ顕著なのはインターネット上での売買で、ハンドメイド作家が数多く出品する通販サイト「クリーマ(Creema)」がマスクの特設ページを設けたり(2020年3月末頃)、同じく通販サイト「ミンネ(minne)」がメインカテゴリーにマスクを追加したりしたこと(同年4月)は、ハンドメイドマスク市場の開拓・拡大の様子として捉えて良いだろう。

さらに、手作りマスクに商機を見いだしたのは個人だけではなかった。大島紬の織元が端切れを利用してつくったマスクカバーを副業的に販売する事例や、商業施設で手作りマスクの展示・販売を行う「マスク博」(日本ホビー協会主催)なるイベントが開催されるような事例も出てきた。概して、手作りマスクは自家用品から商品へ、あるいは自家用品兼商品へと作り手の目的も多様な展開をみせていると言えそうだ。

 

おわりに

大袈裟かもしれないが、Withコロナ時代に生じたマスクの多様化は、われわれの生活様式ないし文化が変容していく歴史的局面とみなすこともできる。ゆえに、その場面に立ち会った当事者として、ここにその記録を残しておこうと考えた。

最後に、改めて強調しておきたい点をまとめる。今日の豊富なマスクのバリエーション(素材・色・柄・形状・製造方法等)がうまれる前段階には、「使うため」のマスク作りが存在していた。マスク着用の習慣化と市販品の不足というのっぴきならない事態の中で、マスクを「使うために作る」という選択肢がうまれ、実際にそうする人が現れた。とはいえ、その時期について勘案すると、作る時間が「ある」ことがとりわけ重要な動機であった可能性がある。今回使用したような情報では推測の域を出ないが、今後、より具体的な情報を用いて検証を行う価値はあるだろう。

いずれにせよ、ものづくりを誘発する要因――なぜ、ものづくりをするのか――を考えるには、モノの需要面だけでなく作り手(人)の生活時間を読み取る必要性がありそうだ。すなわち、ものづくりをしない時間を含めた作り手の暮らしを総合的に観察することによって初めて、ものづくりをする/しない要因を分析できるわけである。今後、この点をふまえて研究をすすめてゆきたい。

 

2021年4月30日 公開 (2021年4月26日 脱稿)

 

参考文献

 

注釈

  • 1 今回、利用したのはGoogle Trendsで、結果は2020年11月17日時点のものである。数値は、「人気度の動向」を表した相対値である。
  • 2 たとえば「マスク」の検索数が最も多かった2020年4月19日~同月25日時点で、「マスク」が100に対し「マスク 作り方」が7、「マスク 在庫」が4、「マスク 販売」が4、「アベノマスク」が2であった。この期間では「マスク 在庫」と「マスク 販売」は同数となったが、全体的に上回っていたのは「マスク 在庫」のため、ここでは「マスク 作り方」と「マスク 在庫」を比較対象とした。
  • 3 サジェストキーワードとは、検索ボックスに「_(アンダーバー)」と検索したい語を入力すると関連度の高いキーワードが上から順に表示される機能のことである。結果は「_マスク」と入力した場合の2020年11月17日時点のものである。

志田 夏美(しだ・なつみ): 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
専門:中央アジア地域研究、文化人類学(モノ研究)
研究テーマ:現代ウズベキスタンにおける「伝統」とソヴィエト民族学者による絨毯研究の関連性について

 

Citation

志田 夏美(2021)「Withコロナが誘発するものづくり ──手作りマスクの普及から──」CSEAS Newsletter 4: TBC.