「崩壊寸前」と言われた日本の医療・介護の現場

日本における新型コロナウイルスの感染拡大は、諸外国同様、医療機関や高齢者介護施設を直撃した。今年5月初めまでに日本では計250件の集団感染(クラスター感染)が起きた。そのうち85件は医療機関、40件は高齢者施設で起きたものである(毎日新聞、2020年5月13日)。これに伴って、多くの入所者や入院患者が亡くなった。NHKの調べでは、4月末までに全国各地の高齢者施設で550人余りが感染し、入所者60人の死亡が確認されている(NHK NEWS WEB、2020年5月8日)。

こうした医療機関や高齢者施設の中には、東南アジア諸国を中心に海外から来日した介護・看護労働者が勤務しているケースがある。筆者はこの10年余り、日本政府がインドネシア・フィリピン・ベトナムの各政府と締結した経済連携協定(EPA)の人の移動条項に沿って来日した介護・看護労働者たちや、その受け入れ施設が抱える問題などを調査し、多数の論文を発表してきた(本研究所刊行の『東南アジア研究』49巻4号など参照)。では、こうした介護移民、看護移民はいまどのような意識で、どのような毎日を送っているのか、そして「介護崩壊寸前」や「医療崩壊寸前」と多くのマスメディアで伝えられる日本の介護・医療の現場をどのように見つめているだろうか。筆者は、日本各地に緊急事態宣言が出されていた4月下旬から5月中旬にかけて、インドネシア人看護師、フィリピン人介護福祉士、ベトナム人人材派遣事業従事者ほかの関係者にオンラインやメールでインタビューして実情をうかがった。本レポートでは、グローバルな危機の中で看護・介護に従事する彼らの日常業務や、母国の実情も懸念しながら抱く今の仕事への意識などを紹介する。

 

感染者が出た病院で勤務中のインドネシア人看護師の日常

EPAでは、2008年度以降、上記の3カ国から累計で1,421人の看護師候補者が日本に入国した。うち459人が看護師の国家試験も合格し(厚生労働省、2020a)、いまもその多くが日本各地の病院で勤務している。その一人で、関東地方の病院で勤務するインドネシア人男性看護師、Aさん(30歳代)は、このところ緊張した生活を強いられている。勤務先では、患者や医療スタッフの間で少数ながらウイルス感染者が出た 。感染者がいるフロアで働く医療従事者は常時、医療用防護服を身につけての作業である。Aさんは現在は別の病棟で働く。マスク着用や頻繁な手洗いを行うほか、使い捨ての手袋をはめる回数が増えたという。

看護師はいま少しでも発熱があると、様子見のために2週間休暇をとるのが決まりである。Aさんの職場でもそうしたケースが起きた。発熱の看護師が担当していた病室もカバーするので、仕事量が増えた。「いつ、うつされるか、うつすかという不安がある」というAさんの言葉には実感がこもる。

自宅では、インドネシア人の妻と小中学生の子どもが「巣ごもり生活」を続けている。このため、彼は家族への感染を避けるため、帰宅するとすぐに衣服やバックなどを徹底消毒し、入浴をしてから家族に接する。家族全員、イスラム教徒だが、近くのモスクは閉鎖状態なので、祈祷は自宅で行う。ハラル食品はネット通販で購入している。

心身ともに消耗の激しい生活のようだ。「帰国したいと思うことは?」と尋ねたが、すぐに「そういうことは考えていない」との答えが返って来た。Aさんは、日本定住の同胞を中心に組織する「インドネシア人看護師・介護福祉士ムスリム協会(IPMI Jepang)」に属して情報ネットワークを持つが、「他のメンバーたちも帰国の動きはない。看護師も介護士もエシック(倫理)は高い」と言う。「看護師はそういう教育を受けている。逃げられない」という言葉もついて出る。

この背景には、母国のいまの事情もあるだろう。この面談の日までのインドネシアの感染者累計は14,000人余りで、約960人の死亡が報告されていた。「インドネシアの方が安全というわけではない。ただ、今は日本の方が看護師は足りないのではないか。インドネシアは国のルールが弱いので、多数の看護学生がバイトで病院勤務している」という。

看護師のような医療の専門職は、非常時のいまは日本でも欠かせない存在だ。外国籍の看護師も一人でも抜ければ、その穴は極めて大きいだろう。Aさんはじめ、日本在住のインドネシア人たちは母国の厳しい医療事情にも心を痛めており、IPMI Jepangは募金をもとに防護服、マスクなど医療物品を送付する運動も続けている。

Aさんは、今回のコロナ禍を通して日本の医療について再発見があった。「意外なことだったが、防護服が足りなくなった。それでビニールで作ったり……。近くの病院では集団感染が起きた。思った以上にちょっとダメ」。インドネシアにいたころは、EPAに応募した他のインドネシア人同様、日本の医療体制は世界トップレベルと信じていた。それだけに、大規模な感染症への備えが様々な面で不十分だったことは驚きだった。それでも、先進諸国の中で日本のPCR検査の数が少ない点は前向きに評価した。「今の日本のやり方は正しい。一度に多数検査して患者が増えると、医療がまともにできなくなってしまう」という意見である。

徳島市内の社会福祉法人で国家試験対策の研修を受けるインドネシア人介護福祉士候補者たち(2018年3月で筆者撮影。なお、この法人は本レポートで取り上げた法人ではありません)

 

高齢者施設外国人スタッフ責任者のフィリピン人介護福祉士の職場観察

日本各地の高齢者介護施設で集団感染が続出した。九州随一の大都市、福岡市でも特別養護老人ホーム、グループホームなどの施設でクラスター感染が起きた。同市を中心に産業が集積する福岡県では近年、人手不足に直面し、介護分野でも特定活動(EPAでの入国者)、技能実習などの在留資格で相当数の外国人を受け入れてきた。同県内の在留外国人人口(2019年12月12月末)は約83,500人で、前年比で約6,400人も増えた(法務省、2020)。この中には、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、カンボジアなど東南アジア諸国からの介護労働者も多い。

フィリピンからの介護労働者も増えている。その中には、介護福祉士の国家資格を持つ者もいる。元石リネット・モラレス [Lynette Morales Motoishi] さん(35歳)もその一人。彼女は2010年にEPA介護福祉士候補者として来日した。その4年後に国家試験に合格し、今は社会福祉法人「寿泉会」福岡県朝倉市)傘下の介護老人保健施設「ラ・パス」で「外国人責任者」という肩書きで勤務する。ここの全介護スタッフの三分の一(10人前後)は、フィリピン人である。

勤務先で常時、マスク着用で入所者の介護にあたる介護福祉士兼外国人責任者の元石リネット・モラレスさん(2020年5月23日、福岡県朝倉市の介護老人保健施設「ラ・パス」で、元石さんの同僚撮影)

ラ・パスは訪問介護など複数の事業所がある建物内にあり、施設は入所者担当の看護・介護スタッフとそれ以外担当のスタッフの間で動線が交わらないような工夫をしている。緊急事態宣言が出てからは入所者の家族の面会は認めず、玄関口に置いたパソコンからのオンライン面談のみ許可している。リネットさんの目に、いまの職場はどのように映っているのだろうか。

「頻繁に手洗いをし、マスクをずっとつけている。休憩は(集団感染対策として)自分たちの車の中でとっている。でも、わたしたちは通常のインフルエンザと同じような感覚。日本人の方が不安がって、ピリピリしている。日本人スタッフは、コロナはなかなか終わらないと心配するが、私は、いかなる感染症も終わりは来るから、大丈夫、と言っている」

フィリピン語には「バハラ・ナ」(何とかなるさ)という言葉がある。フィリピン人スタッフは全般に日本人スタッフよりも楽観的に先を見通しているようだ。日本人スタッフは感染リスクを避けるため、入所者と距離をとり、可能な限り体に触れないようにしているという。その点について、彼女は「私もできるだけスキンタッチをしないなどの気をつけているが、ついついさわってしまう。利用者はそれに慣れているので、それをやめると、不安になったり、寂しがると思う」と言う。

彼女はこれまで通り、入所者の雑談に耳を傾けたり、ベランダに連れ出したりと、不安の緩和に努めている。仕事の負担感は以前より重くなったと実感している。それでも、「日本にいる方が安全」と言う。このインタビュー当日、彼女の母国フィリピンにおけるウイルス感染による死者数は500人を超え(日本は351人)、フィリピン政府の厳しい外出規制に違反した者が各地で逮捕される事態になっていた。

EPA介護・看護人材は、自然なスキンタッチなどの接遇態度、高い敬老精神などから受入れ関係者から全般に高評価を得ていることは、筆者らの全国の受入れ施設・病院調査でもわかっている(小川・平野・川口・大野、2010)。その意味で「コロナを理由に辞めたがっているフィリピン人はここにはいない。日本で働くことを希望するフィリピン人はこれからも減らないだろう」というリネットさんの言葉は、雇用者側だけでなく、入所者たちにも心強く響くだろう。

徳島県内の高齢者施設で入所者の世話をするベトナム人介護職員(2018年3月、筆者撮影。なお、この施設は本レポートで取り上げた施設ではありません)

 

急増中のベトナム人介護技能実習生の動向

リネットさんのように、EPAに基づく外国人介護労働者は2019年度までに計5,063人が来日した(厚生労働省、2020b)。その中に、同年度末までに介護福祉士の資格を取得した者が1,322人いる(厚生労働省、2020c)。彼らの間では、家族を母国から呼びよせるなどし、日本への定住・永住傾向が強まっている(大野、2019)。

とはいえ、数はまだ限定的で、20万人以上と言われる日本の介護労働者不足の解消に向けての寄与度は限られている。日本政府は人手不足対策として、「介護」創設(2016年)、技能実習制度の対象業種に「介護」を追加(2017年)、2019年度には技能実習よりも高技能と位置づける「特定技能」と、次々に新たな在留資格を設けた。特定技能の介護分野では2019年度から5年間で最大6万人の外国人材を近隣アジア諸国から受け入れる計画を立てている。

しかし、特定技能の介護分野は、日本語能力試験だけでなく介護関連の試験の合格も採用要件とされ、来日後に転職が可能である点なども雇用者側には全般に不評で、政府が目論んだ規模での受入れは進んでいない。一方、原則的に転職ができない介護技能実習生はここ2、3年、年を追って急増傾向にある。公益財団法人「介護労働安定センター」が2018年に全国九千余りの事業所を対象に実施した調査では、すでに外国人を受入れている事業者は233にとどまるが、「今後、活用予定がある」と答えた事業所は1,204を数え、その三分の二にあたる785事業所が技能実習生としての受入れを予定していることがわかった(介護労働安定センター、2019)。

来日する介護技能実習生の中で特に増えているのがベトナム人である。例えば、ベトナムの大手人材派遣会社「ホアンロン建設投資及び人材派遣株式会社」(本社・ハノイ)は2018年以降、介護技能実習生718人(うち女性は91.4%)を日本に派遣した。介護の仕事は、一定レベル以上のコミュニケーション能力がないと難しいため、同社の現地実習は他の業種よりも長い1年間に及び、日本語能力試験(JLPT)のレベル4を合格した者のみ日本往きがかなう。それでも、介護での技能実習希望者が多い要因の一つは、安定した収入である。同社日本事業部責任者のファム・ゴック・ビン[Pham Ngoc Binh] さんによると、介護業務は基本給が手取りで135,000円程度、夜勤や残業が多いのでそれ以上の月収が確保でき、技能実習生の他業種には少ない賞与も出ることが魅力である。また、急速な高齢化が進むベトナムではこれから高齢者介護の仕事の必要性が増すとの認識から、介護職種を選ぶ者も多いという(2020年5月14日と15日、筆者のメール質問へのファムさんの回答)。

同社は当初、2020年度に介護分野だけで約1,000名と、前年を上回る技能実習生の送り出しを予定していた。これは、同社の技能実習生派遣人数の三分の一にあたる。

日本における実習準備のため、高齢者介護の集合研修を受けるベトナム人介護技能実習生候補者(2019年11月ごろ、ハノイ市郊外にあるホアンロン建設投資及び人材派遣株式会社の研修センターで。写真は同社提供)

ベトナムもコロナ禍に見舞われたが、世界でいち早く今年2月初めから中国など感染者の多い国からの入国者を対象とした防疫隔離措置をとり、その後まもなく自国民と外国人の出入国を厳しく制限した。ホアンロンの研修施設も一時閉鎖を余儀なくされたが、ベトナムは感染による死者が5月下旬になってもゼロと感染拡大抑止に成功した。このため、オンライン授業に切り替えていた同社は5月初めには通常営業に戻っているという。

一方、日本では、都市圏を中心に感染拡大が続き、ファムさんとのメール交信時点で死者数は700人を超えていた。ホアンロンから派遣された日本在住の実習生の中には、感染を怖がって、契約満了を待たずに早期の帰国を希望する者が数名出た。その後、日本では新規感染者が4月中旬以降に急速に減ったため、帰国を翻意した者が多い。同社の実習生が配属された日本各地の介護施設では幸い感染者は出ておらず、順調に実習を継続しているという(5月13日、ファムさんの回答)。

 

介護業界の外国人受入れ拡大の流れは不変?

リーマン・ショックが世界各国を襲った2008年から2009年にかけて、日本では非正規雇用者の契約を更新しない「雇い止め」や派遣労働者の契約を打ち切る「派遣切り」が続出し、不安定な雇用の外国人労働者多数が失業した。製造業就業者が多かった在留ブラジル人(大多数が日系人)はその後、10数万人も減少する事態になった。今回のコロナ禍でも、製造業を中心に外国人の雇い止めや派遣切りが報告されている。しかし、リーマン・ショック以降に日本で増え続けた介護・医療分野の外国人労働者に限ってはそうした動きは出ていない。それどころか、緊急事態下の「エッセンシャル・ワーカー」として各地域社会でその重要性が再認識され、地元の自治体や雇用主は、他の日本人スタッフ同様、特別の手当を支給してでも職場につなぎとめようとしている。

死者数が万単位になった米国や欧州諸国では各地で医療崩壊、介護崩壊が起き、患者や入所者だけではなく、相当数の医療・介護従事者の死亡が報告されている。日本でも介護施設入所者や病院の患者の死亡は相次いだが、介護・看護スタッフについては感染しても死亡に至ったケースは、本レポート執筆の5月22日まででは報告されていない。そのような事情もあってか、筆者が今回、EPA介護・看護人材受入れ事業を担当する公益社団法人の国際厚生事業団(JICWELS)や、ベトナムやミャンマーを拠点にする介護などの人材派遣会社の担当者に話を伺った限り、本レポート執筆時点では、日本での研修・就労に向けて東南アジア各国でスタンバイする介護・看護人材の間で訪日計画を取りやめる顕著な動きは起きていない。

日本などアジア諸国でウイルス感染の流行が収まり、再び国境が開かれるようになれば、近隣アジア諸国からのケアワーカー、中でも介護労働者の日本受入れは再び拡大の方向に向かうのではないだろうか。

 

2020年6月4日 脱稿

 

参考文献

  • NHK NEWS WEB、2020年5月8日、「新型コロナで“介護崩壊”の危機? 高齢者施設で いま何が」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200508/k10012422701000.html、 2020年5月15日アクセス.
  • 大野俊、2019年、「日本定住化が進む『介護移民』ー経済連携協定(EPA)での受入れ開始から10年目の現状と課題」、『移民研究年報』25号:113-125.
  • 小川玲子、平野裕子、川口貞親、大野俊、2010年、「来日第1陣のインドネシア人看護師・ 介護福祉士候補者を受け入れた全国の病院・介護施設に対する追跡調査(第1報)―受け入れの現状と課題を中心に」、『九州大学アジア総合政策センター紀要』、第5号:85-98.
  • 介護労働安定センター、2019年、「平成30年度『介護労働実態調査』の結果」 http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2019_chousa_kekka.pdf、2020年4月20日アクセス.
  • 厚生労働省、2020a、「経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師候補者の看護師国家試験の結果(過去12年間)」https://www.mhlw.go.jp/content/10805000/000610408.pdf、 2020年4月30日アクセス.
  • ――、2020年b、「受入れ人数の推移」https://www.mhlw.go.jp/content/000595174.pdf、2020年4月30日アクセス.
  • ――、2020年c、「第32回介護福祉士国家試験結果」https://bit.ly/2WGvtvU 、2020年4月30日アクセス.
  • 法務省、2020年、「令和元年末現在における在留外国人数について」 http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00003.html、 2020年4月20日アクセス.
  • 毎日新聞、2020年5月13日、朝刊「社説 コロナと高齢者ケア」.

 

大野 俊: 清泉女子大学文学部地球市民学科教授、京都大学東南アジア地域研究研究所連携教授(グローバル生存基盤研究部門)。本研究所刊行の『東南アジア研究』49巻4号(2012年、英語版)で、“International Migration of Southeast Asian Nurses and Care Workers to Japan under Economic Partnership Agreements”というテーマの特集号を編集した。

 

Citation

大野俊(2020)「パンデミックに襲われた日本の医療・介護現場で働く東南アジア出身労働者 ―─その日常生活と意識―─」 CSEAS NEWSLETTER 4: TBC.