ロドリゴ・ドゥテルテ大統領がメトロマニラの位置するルソン島全域に、強化されたコミュニティ隔離措置(ECQ)を敷いてから1か月が経った。6,300万人の人々(フィリピン人の57%がルソン島に住んでいる)を自宅に閉じ込めたコロナウイルス危機の壊滅的実態が、連日あらゆるメディアによって報じられている。三輪車やタクシーの運転手、建設作業員、市場や露店の商人、契約労働者、サービス業の従事者といった日雇い労働者たちは皆、どのように暮らして行こうかと、痛ましいほど途方に暮れている。彼らは毎日働いて糧を得よと教わったのに、今はそれすら許されないのだ。

エリートや市民社会、教会は政府よりも素早く寄付や募金を募り、個人用の防護用品やその他の医療用品を外部から調達し、寄付を集約し、それらを必要としている全国の病院や医療センターのリストをまとめ、感染症との戦いの最前線にいる医療従事者たちの食事を用意した。また、これらの取り組みに着手し、自分たちの幅広いネットワークを活用したのは女性たちであった。最初に困難に対して立ち上がった女性の中にはフィリピンの女性高官トップのレニー・ロブレド副大統領もおり、病院に防護用品を届け、輸送手段の封鎖で立ち往生した医療従事者たちの送迎サービスを開始するといった迅速な対応を行なった。様々な分野で活躍する女性たちが参加するTOWNS(The Outstanding Women in the Nation’s Service)基金も、大手複合企業や個人寄贈者、フィリピン大学医療基金(University of the Philippines Medical Foundation)の協力を得て、不足していた防護用品を調達し、これを即座に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者が最も多く入院する大病院に届けた。

多くの家庭は貧困地区で食事を提供する移動式キッチンに寄付金を出し、彼らの洗濯婦や運転手には、出勤しなくても通常の給料が支払われた。大学を含む多くの雇用主が、職員が仕事を自宅から続けられるかどうかにかかわらず、彼らに給料を支払い続けた。700名の医師たちが結束し、オンライン受診を提供したことで、人々に病院での健康診断を思いとどまらせ、病院の混雑が緩和された。心理療法士もオンラインでの受診、その他の心理社会的サービスを提供している。芸術家や俳優は、あらゆる芸術に関するオンライン・セミナーを開催し、新旧のコンサートや美術展へのアクセスを提供している。博士論文審査会はGoogleハングアウト上で続いているし、ニューノーマル、あるいはポスト・コロナの社会的行動や労働倫理を検討する会議がZoom上で行われている。ファッションデザイナーはマスクや防護服を縫うようになった。子供たちは現場の人々に愛のこもったメッセージを書いたり、絵を描いた。教会では鐘が鳴らされ、ポットや鍋も打ち鳴らされて、悪霊退散と共に第一線の人々を激励した。四旬節の習わしはオンラインで執り行われ、日々のミサは居間や寝室で聞かれる。2019年の第4回ソーシャル・ウェザー・ステーション(Social Weather Stations)の世論調査(2019年12月13日から19日に実施)が1週間前に公表されたが、それにはフィリピン人成人の83%が、宗教を自分たちの人生に非常に大切なものと確信しているとあり、予言めいた感じがする。

1億1,000万人の国民が正確な感染発生率も知らないままCOVID-19が猛威を振るい続ける中、ECQから10日後の3月24日、フィリピン議会はドゥテルテ大統領に暫定的な特別権限を与え、この危機への対応にあたらせた。大統領の新たな権限には、私立の病院や医療機関を隔離施設にして医療従事者を置く指示を出すこと、最前線で働く人々の移動のために公共交通機関の運営を行うことも含み、実際に、省庁間実行委員会(IATF)がそれらを実施した。だが、最も重要なのは、議会がドゥテルテに2020年度の国家予算項目の再配分権限を与えたことだ。約50億米ドルが緊急資金として、低所得層1,800万世帯への支援提供や、病院設備の改善、検査強化に当てられた。多くの人々がこの動きに反対し、疑念を示したが、これが期限付きのものであり、予算配分に透明性があり(監視することができた)、大統領には週に一度、国民に最新情報を知らせる義務があった。このため、大多数の人々はパンデミックとの闘いには相当、挙国一致での対応が必要と考え、これを支持するようになった。

政府の社会改善対策が始動したのはECQの第3週目で、地方自治体幹部らによると、まずは食料品を調達し、配布する必要があった。ECQの第1週目には多くの人々の食糧が底をつき、ウイルスに感染するよりも先に飢えて死んでしまうと言って隔離を無視した。組織にせよ、個人にせよ、食事を袋詰めし、配達し、あるいは移動式キッチンを手配して一部の地域で調理させたのは民間部門であった。政府は政府以外の集団が貧困層に先にアクセスしたことを嫌がり、一時は個人からの寄付が政府経由でまずは行われるよう求めた。しかし、ネットユーザーたちがこれに激怒したため撤回された。このように、不条理な遅延の原因は政治的打算が働いたためでもあるし、全くの準備不足であったためでもある。また、われわれはこれらの季節病、コレラやマラリア、結核、デング熱(東南アジアで最初にデング熱の流行が記録されたのは、1954年のマニラでもある)を抱えて何世紀も暮らしてきており、これらのウイルスを深刻に受け止めたことは一度もなかった。

徹底的な検査と正確なデータ収集をせずに、いつ隔離をゆるやかに解除することができるのかわからない。フィリピン大学のラウル・デストゥーラ(Raul Destura)医師とそのチームの科学者たちは、低価格のCOVID-19用検査キットを開発して3月13日に公表したが、認可を得て現地生産されるまでに時間がかかった。2万6,000組のキットの提供が始まったのは、ようやく4月4日である。また、フィリピンの医療従事者たちが世界のもっと儲かる別の場所に行ってしまって人材不足となった貧しい国に、合計6時間も要するような検査を行う余地が無いことはデストゥーラとそのチームは分かっていた。彼らの検査は、シングル・ステップで多重検出可能なシステムを採用し、所要時間は1時間から2時間だ。大規模検査が全ての医療センターで開始されたのは、ほんの2日前のことだ。保健省の公式データでは、感染の確認された症例数は5,453件、回復が353件、死亡が349件で、IATFが隔離解除の決定合意に至るまでの道のりはまだ長い(2020年4月17日現在)。

貧富を問わず、あらゆる国々がこの新型ウィルスにより攻撃されたと思われるが、世界保健機構(WHO)は、「人々の注目が西欧や北米の震源地に移ったとはいえ、アジア太平洋地域でのCOVID-19の流行は、終息には程遠い状況だ」と警告した。WHO西太平洋地域事務局長(WHO Regional Director for the Western Pacific)の葛西健医師は次のように警告する。「長期戦が見込まれるので、警戒を緩めてはならない。全ての国に現地の状況に応じた対策を続けてもらう必要がある」と。SARSの流行で最も苦しめられた香港、シンガポール、台湾を除く他の多くの国々と同様に、わが国の政府も行動が遅れた。最初の3名のCOVID-19感染者は武漢出身の中国人で、日本から戻った患者だった。彼らが即座に隔離されていれば、あるいは、彼らの接触者が追跡され、最初の患者の発症から1週間以内に隔離されていれば、感染の拡大はなかったであろう。観光地のパラワン島やバタン諸島、プエルト・ガレラなどでは、1月の半ば以降、州境での検査が実施されていた。筆者がこれを最初に目にしたのは、事務所の仲間たちで2月1日にプエルトに行った時だ。外国人たちは皆、別の列に並ばされ、熱や咳がないかを検査され、陽性なら隔離、あるいは立ち入りを許可されなかった。

このところ、貧困と富をめぐる信念の見直しが起きている。あるソーシャルメディアの投稿では、COVID-19を旅行するゆとりのある裕福な人々の病と呼んだ。多くの貧しい人々は普段どおり無防備に過ごして感染してしまうのに、裕福な人々は生き残ることができるという。また別の者は、自己隔離は贅沢であり、手入れの行き届いた芝生や庭のある大きな家に住むお金持ちにとっては最高だろうが、夏の暑さの中、小さな仮設住宅でエアコンも扇風機も無く、最低でも6人の家族がひしめく中で苦しむ貧しい人々にとっては違うという。

信じられないほど不平等な世界だ。今、我々が置かれた状況を、たった一言で表現しろと言われれば、私はまずそう言おう。われわれは皆、程度の差こそあれ、このことに気が付いているし、カサンバハイ(kasambahays、家政婦や運転手)を抱えたフィリピン人家庭では殊更だ。だが、いつだって、皆を立ち止まらせ、この真実を見つめさせるためにはパンデミックが必要だ。歴史を振り返れば、国境を越える全ての疫病がそうであった。われわれは規則を少しばかり変えて、貧しい人々や被害者たちの給料や手当てをわずかに増やし、次の大規模なパンデミックに備え、形ばかりのインフラを構築してきた。これらはいずれも長続きしない一時的なものであり、根本の原因に迫ったためしがない。しかし、これまでの歴史が明らかにしているように、不平等を急速に生み出し、再生産し続けるシステムを断固拒否する他、解決策はないはずなのである。

 

2020年8月5日 公開 (2020年4月17日 脱稿)

 

翻訳 吉田千春

 

 

参考文献

 

マリア・カリーナ・A・ボラスコ(Maria Karina A. Bolasco): アテネオ・デ・マニラ大学出版部(the Ateneo de Manila University Press)部長。書籍出版には数十年の経験があり、出版問題について、多くの記事や論文を発表してきた。国家書籍開発委員会(National Book Development Board)委員長、フィリピン書籍開発協会総務副会長(Vice Chair for Internal Affairs of the Book Development Association of the Philippines)も務め、フィリピン・ペンクラブ(the Philippine PEN)とフィリピン作家組合(The Writers Union of the Philippines)の両理事会の一員でもある。

 

Citation

マリア・カリーナ・A・ボラスコ(2020)「コロナウイルスの年 ──最高かつ最悪の時代──」CSEAS Newsletter 4: TBC.