ABS-CBN本社の門前にて。希望は永遠に輝く(寄稿写真)

 

コロナウィルスによるパンデミックは、フィリピンの放送事業に対して抜本的な事業縮小を余儀なく迫った。政府による「強化されたコミュニティ隔離措置」(リスクの高い場所で実施される最も厳しい検疫)が発効する数日前の2020年3月16日、フィリピン最大のテレビネットワーク局ABS-CBNと競合局のGMAはともに、「テレセリエ」として一般的に知られ、毎日放送されているメロドラマ番組の制作の停止を発表した(Marquez 2020; Mercurio 2020)。2つの放送局はニュースを伝えながら、空いたタイムスロットをテレセリエの再放送に充てた(Anarcon 2020; Anarcon 2020b)。テレセリエに関する私の調査では、通常の日には平均18時間の放送のうち少なくとも9時間はテレセリエが放送されていた。それは自宅待避を余儀なくされた人たちにとって、最もまっとうな出費だった。

また政府の様々な社会改善プログラムが遅れている中で、それは理にかなった暇つぶしだった。現場からの報告では、十分なサービスを受けることができない多くの人々がいることが明らかになっている(Umil 2020)。緊迫した状況のもと、テレビのエンターテイメントは、控えめに言っても気を紛らわす効果がある。ソーシャルメディア上では、お気に入りの古いテレセリエの再放送に興奮する様子が見られた。イエス・キリストの目を持つ少年が彼のコミュニティに平和と癒しをもたらすというABS-CBNの2009年のドラマシリーズ「メイ・ブーカス・パ(明日はまだある)」や、伝統的に熱心なカトリックの国であるフィリピンで、不貞と同性愛をテーマとしたために物議を醸したGMAの2013年のシリーズ「My Husband’s Lover(私の夫の恋人)」などである。中にはABS-CBNの1990年代の人気教育番組の再放送を求める声もあり、最終的には再放送が実現した(Abante, 30 March 2020)。

これらすべてを考えると、フィリピンのテレビ文化産業が、この不確実な時代において「大衆のアヘン薬」になったと改めて嘆くのも無理はない。テレビとテレセリエは大衆文化のプラットフォームであり、高学歴のフィリピン人はこれらをつまらない、あるいは下品だと見下している。テレセリエの語りは、哀愁を帯びたお涙頂戴ものの、善と正義の勝利のメロドラマを延々と紡いでいる。結局、エリートたちにとって、コロナウィルスは単に奇跡と回復力をテーマにしたもうひとつのテレセリエにすぎないのかもしれない。再放送は人々の誤った楽観主義をアップデートし、悲惨な状況のなかで人々の忍耐力を鍛えるのに役立つからである。

 

ABS-CBN本社の敷地内には、放送停止前から、そして停止後も、抵抗の証として青・緑・赤のコーポレートカラーの光が降り注いでいる(提供写真)

 

どんでん返し

しかし、これらすべてを包み込み、放送そのものを主戦場とする大きなドラマが用意されていた。ロドリゴ・ドゥテルテ政権は、ABS-CBNとの長年の確執に終止符を打つ機会をようやく見つけた。長らく議会によるABS-CBNの放送許可権更新が危ぶまれていたところ、2020年5月5日、政府はフィリピン国家電気通信委員会(NTC)を通じて同局に排除措置命令(CDO)を下し、事実上、同局の放送を停止させたのである。放送許可権は前日の2020年5月4日に失効していた。議会は開かれず、NTCが放送許可権を暫定的に延長するという当初の公約を撤回したため、ABS-CBNはパンデミックの時代に突如として、自らのテレセリエの中で苦境に立たされた。この話題は国際的なメディアの注目を集めながらも、悪い方向に転じている(Rappler, 6 May 2020)。

他のテレセリエと同様に、ABS-CBNの放送停止に関しても背景説明が必要だろう。確執は2016年にさかのぼる。当時、大統領候補であったドゥテルテが地元で選挙キャンペーンを行った際、広告料を支払ったにもかかわらずABS-CBNがキャンペーン広告の一部を放送せず、これに対してドゥテルテが不満を表明していた(ABS-CBN News, 25 February 2020)。同局はその後、フィリピンの選挙規則で定められた放送時間の制限によって広告の放送が阻止されたからだと説明した(ABS-CBN News, 25 February 2020)。

隔離措置前に実施された上院における放送許可権更新に関する公聴会で、ABS-CBNは大統領に謝罪し、未放映分を返金する意向を改めて表明した(ABS-CBN News, 25 February 2020)。しかしドゥテルテは不本意ながら返金を拒否した。ドゥテルテの党もまた、彼を厳しく批判する同局の広告の放映に腹を立て続けているからだ。ドゥテルテの断固たる批判者である元上院議員アントニオ・トリリャネスに劣らず広告料を支払っているにもかかわらず、である(Ranada 2016)。

ABS-CBNは、ドゥテルテ大統領による違法薬物との血なまぐさい戦いを批判的に報道していたため、彼の怒りを買い続けていた。ドゥテルテは、両議院でABS-CBNの放送許可権が更新された場合には拒否権を行使すると脅したことも何度かあった(Abad 2020)。同局に対するドゥテルテの激しい攻撃が、彼が超多数派を擁する下院において不作為を引き起こしたとの見解も示されている。テレセリエの中では、こうした振る舞いは政治的な物語の滞り、または崖っぷちであり、テレビ局に圧力をかけ、日和見主義者がスタンドプレーを演じるための時間を稼ぐことを意味している。それは物語を引き延ばしたり推し進めたりする。

 

敵対者のキャスティング

同時に、このテレセリエの物語は非常に明確である。ドゥテルテは悪党(kontrabida)であり、完璧な敵対者であり、強面の独裁者であり、卑怯くさく、民衆の盲目的追従と人気に頼っている。彼は汚い仕事のために、現代の猛禽(aves de rapiña)としてギャングの子分を雇っている。

そのうちの一人が旧知のホセ・カリダ法務長官であり、2020年2月27日にフィリピン最高裁判所でABS-CBNに対して権限開示令状訴訟(a quo warranto case)を起こした人物である(Nakpil 2020)。この訴訟は、フィリピン国家電気通信委員会(NTC)の排除措置命令(CDO)の一時的な差し止めを求めるABS-CBNの最近の嘆願とともに、法令違反の疑いで同局の放送許可権を取り消そうとするものであり、本稿執筆時点でいまだ審理中である。カリダは起訴を恐れてNTCに排除措置命令を発出するよう圧力をかけたと考えられているが(Madarang 2020)、2018年にドゥテルテの批判者であるフィリピン最高裁判所長官マリア・ルードス・セレーノ氏に対する権限開示令状訴訟を起こしたことで最初の悪評を得、またこの訴訟がセレーノ氏の更迭につながった(Buan 2018)。

もう一人はアラン・ピーター・カイターノ現下院議長であり、2016年に副大統領候補としてドゥテルテとタッグを組み、レニ・ロブレド現副大統領に敗れている。カイターノは2020年3月13日、議会壇上で批判者に怒りをぶつけ、「この問題はメディアを黙らせたり、報道の自由を制限したりすることには関わりがなく、これまでも関係なかった」と主張した(Mercado 2020)。放送停止に対するネット上の抗議が高まる中、排除措置命令(CDO)につながるまでの難局を招いたとされ、カイターノは仲間の議員たちから非難された(De la Cruz 2020)。

キャスティングをしめくくるのは、ソーシャルメディア上でフェイクニュースを拡散するような行為の中でも、「大統領を守る」などという名目でABS-CBN中傷キャンペーンを繰り広げる親政権的なネタあらしの合唱である。

 

背景

ABS-CBNの経営陣は、同局は様々な学術団体や市民団体に広く支持されており、信頼できる自社のスターや共鳴するソーシャルメディアのインフルエンサーに守られていると主張する。またそのプラットフォームでは、放送許可権をめぐる法令違反、法人税、労働問題、オーナー達の市民権に関する質問などにも積極的に対応している(ABS-CBN News, 11 May 2020)。

報道によると、ABS-CBNはドゥテルテに近い大物に持ち株を売却することを余儀なくされているとも言われているが、これは最近になって否定された(Camus 2020)。多様な利益を持つ広範なプラットフォームとして、ABS-CBNは国内のテレビ総視聴率88.77%のうち40.99%を占めており(Media Ownership Monitor Philippines 2013)、商業的にだけでなく政治的にも成長している。

 

放送停止という脅威にもかかわらず、日々の仕事に励むABS-CBNニュース部門のスタッフたち(寄稿写真)

同局には、政治によって傷つけられた輝かしい歴史がある。1950年代から同局は、他のメディア資本とともに、フィリピン中部のビサヤ諸島で強力な砂糖産業を経営し、多大な影響力を持つロペス家によって運営されてきた。同局はビジネス上の利益、特に政治の場での利益を守るために利用され、批判と譲歩はロペス一族の家族ゲームとなった(McCoy 2010: 429-536)。このことは、当時も今も、ロペス家にとって4番目の不動産の一部であるABS-CBNの立場を危うくしている。

ABS-CBNが他局とともに最初に放送停止に追い込まれたのは、戒厳令が発令された1972年である。これ以前、ロペス家はかつて盟友であったマルコス大統領(当時)と政治的に対立していた(Magno 1998: 123-141)。同局と他のロペス系企業は政府に接収された。ロペス家が再びその姿を現したのは、1986年のピープルパワーの後である。新政府とともに激しいロビー活動を行い、マルコス独裁政権を打倒し、ABS-CBNとその事業を取り戻した。

 

ABS-CBNの人気キャスター、ノリ・デ・カストロが毎晩ニュースを読み上げる。ノリ・デ・カストロは2004年から2010年までフィリピン副大統領を務めた(寄稿写真)

ABS-CBNはさまざまな方法で社会に影響力と権力を行使してきた。ここで特筆すべきは2人のフィリピン副大統領を輩出していることである。ロペス家の子孫であり元ABS-CBN会長のフェルナンド・シニア(任期1949年~1953年、エルピディオ・キリーノ政権時、および1965年~1972年、戒厳令発令前のフェルディナンド・マルコス・シニア政権時)であり、もうひとりは同局の1986年以降の人気ニュースキャスター、ノリ・デ・カストロ(任期2004年~2010年、グロリア・マカパガル・アロヨ政権時)である(Sanchez 2020)。

ABS-CBNの最近のドゥテルテとの争いは、これまで同局を危機に陥れてきた政治の別の章に過ぎない。マルコス政権時と同じように、同局は再び屈服させられた。歴史に委ねれば、ロペス家は「フィリピン社会に深く……埋め込まれた」(McCoy 2010: xviii)最初の寡頭政治家であるゆえに、同局の再登場を期待することができるだろう。その証拠に、ABS-CBNは放送停止の2日後にケーブルとデジタルのプラットフォームを通して驚きの復活を遂げた。

 

解決に向けて

パンデミックの時代にあって、今回の放送停止は非常に深刻な影響をもたらした。ABS-CBNは42のテレビ局、10のデジタル放送チャンネル、18のFM局、5つのAM局に11,000人以上の従業員を雇用しているが、すべて業務停止命令を受けている(ABS-CBN News, 5 May 2020)。ABS-CBNの最高経営責任者であるカルロ・カティグバックは、上院によって行われた遠隔調査で、もし事業を再開しなければ、2020年8月までに一部の従業員を削減しなければならない可能性があることを認めた(Rey 2020)。このジレンマは、フィリピン証券取引所における同局株式の取引停止に加えて、3,500万ペソ(70万米ドル)に達する1日あたりの損失、さらに銀行ローン未払い問題に関する報告に反映されている(Rivas 2020)。

また、情報が最も必要とされる時に、人々が情報へアクセスすることも制限されている。国営テレビ局PTVやABS-CBNのライバルであるGMAなど、政府が他のニュースソースを宣伝したにもかかわらず、ABS-CBNが最も強力な放送信号を持っていた多くの地域でその不在が痛感された。2020年3月13日から16日にかけてフィリピン中部と北部の一部に台風ヴォンフォン(現地名アンボ)が上陸し猛威をふるった際、遠隔地域において放送が途絶えた(Malasig 2020)。また、インターネットにアクセスする手段をもたない多くの人にとっては、デジタルプラットフォームを通じてABS-CBNを視聴することも難しい。

テレセリエのスターや主人公の復活が視聴者を驚かせるように、ABS-CBNはデジタルプラットフォームを通じて部分的に復帰を果たしたが、組織内部、特に従業員にとってその復活はまだ確実なものではない。今のところ逆転劇はない。同局のオンラインパフォーマンスは有望と言われているが、経済的な還元がいかほどになるか、まだわからない(Olandres 2020)。

一方、視聴者はABS-CBNに見世物と大義名分の両方を見いだしながら、隔離の時間を過ごしている。ABS-CBNがオンライン放送に移行してインターネットを支配すると、ソーシャルメディアでは放送許可権更新について賛否両論が飛び交うようになった。またこの問題に関しては、同局で最も人気のあるファン・グループが放送許可権更新を支持する「ブロックパーティーズ」(守る会)を組織したことで、政権支持派の荒らしアカウントに対する新たな取り締まりが開始されるようになった。フェイスブックでは、フィリピンの国民文学を代表する2人、小説家のF.シオニル・ホセ氏と学者のビエンベニド・ルンベラ氏が対立する意見を述べている。2人の論争は、2,000億ペソ(40億米ドル)以上の公的資金の配分について政府の説明責任を求める声、コロナウィルスの大量検査を求める声、政策の手のひら返しやひいき政治に対する批判など、他の差し迫った関心事とともに注目を集めている。

テレビは「政治に関して最も利用されている情報源(99%)であり、最も信頼されている情報源(58%)であるため、世論に影響を与える可能性が高い」とされる(Media Ownership Monitor Philippines 2013)。さらに、ABS-CBNのような無料放送チャンネルは、特に下層階級の間で最も人気があると考えられる(Media Ownership Monitor Philippines 2013)。ドゥテルテ政権は同局の放送停止を寡頭政治家との闘いの一環として描こうとしているが、同時にこれは情報に対する戦争であり、とりわけこの危機の中で批判的な声を黙らせることを目的としたものであることは明らかである。ABS-CBNの放送停止は、このフィリピン版パンデミック劇のクライマックスであり、現政府の無能さを露呈していると言って間違いない。私たちはこう疑問に思っている。このテレセリエの真のスターであるフィリピンの人々は今何をしているのだろうか、と。

 

2020年11月13日 公開 (2020年5月22日 脱稿)

翻訳 芹澤隆道および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

参考文献

ルイ・ジョン・A・サンチェス(Louie Jon A. Sánchez): フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学英文学科助教。英文ライティング、文学、ポピュラーカルチャー、テレビ研究に関する講義を担当。2015年、テレセリエについての学部選択科目を導入し、講義内容は2冊の本(フィリピン語)として出版された。The Drama ng Ating Búhay: Isang Kultural na Kasaysayan ng Teleserye(私たちの生活のドラマ──テレセリエの文化史)(De La Salle University Publishing House)、Abangán: Mga Pambungad na Resepsiyon sa Kultura ng Teleserye(これを見て──テレセリエ文化入門)である。釜山外国語大学韓国アセアン研究所が刊行する東南アジア研究に関する学際誌Suvannabhumiの副編集長。

 

Citation

ルイ・ジョン・A・サンチェス(2020)「フィリピン「コロナウィルス劇場」としてのテレビ局の放送停止」CSEAS Newsletter 4: TBC.