Indonesia

インドネシアの新型コロナウィルス感染症
──都市における深刻な感染状況とワクチン接種の進展──

水野 広祐
インドネシア大学大学院環境学研究科教授、京都大学東南アジア地域研究研究所名誉教授、総合地球環境学研究所研究部客員教授
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インドネシアの新型コロナウィルス感染症
──都市における深刻な感染状況とワクチン接種の進展──

 

インドネシア国内のコロナ感染者は、2021年4月15日時点で158万9300人足らず、回復者143万8000人、亡くなった方が4万3000人であると政府によって発表された。うちジャカルタ首都特別州は39万6000名で全体の24.9%を占める。

コロナ以降、ジャカルタの路上では明らかに道化師たちが増加した(3月15日、筆者撮影)

 

インドネシアは昨年3月初めに新型コロナウィルス感染症が発生した後、第1波が終わらず新規感染者が増加し続けた(Abdulah 2020)。しかし、1月30日に新規感染者数1万4518人を記録した後はようやく減少傾向に転じ、4月10日には3629人とピーク時の約3分の1以下となった。政府関係者にも状況の改善を強調する者もあり、そのせいかジャカルタの人通りは増加、交通渋滞もひどくなりつつある。本稿執筆時の4月15日は6177人の新規感染者、167人の死亡者であった。

以上の感染者割合を計算すると国民全体では0.6%、ジャカルタは3.9%となるが、実感からするともっと多いのではと思う。例えば私の指導院生は17人だが、うち5名が感染した。私の妻方親族にも感染者はほとんどそこら中にいて、また近所にも多くいる。日本では色々な数値が出ても、親族友人でだれがかかったとかいう具体的なケースはあまり聞かないのとは大違いだ。これらから、ジャカルタやその周辺では10%を優に超すのではと思われる。

町の道化師(4月18日、筆者撮影)

 

地方都市にも感染が広まり、例えばリアウイスラーム大学では教員が5名亡くなったといわれている。ただし、遠隔地農村では事情が異なり、例えば先日訪問したスマトラの調査村ではコロナ感染者がまだ出ておらず、ほとんど誰もマスクをしていなかった。学生からも「調査に行った村でマスクをしているのは私だけ」という話を聞く。

政府は昨年4月以来、大規模社会制限(Pembatasan Sosial Berskala Besar、以後PSBB)を実施し、現在は、社会活動制限措置(Pemberlakuan Pembatasan Kegiatan Masyarakat、以後PPKM)と小規模社会活動制限措置(PPKM Mikro)を実施し、また町内会隣組などを動員しながらマスク、手洗い、人との距離を保つ、密集を避け、移動の制限を徹底しつつ様々な社会活動を規制している(Andriani 2020, Setiati and Azwar 2020)。

ドライブスルー型ワクチン接種会場(4月19日、筆者撮影)

 

例えば大学は、PSBBやPPKMの双方で対面授業はなしであったがPPKM Mikroでは対面授業がありえる。ただし、現段階ではまだ対面授業が始まっておらず、昨年3月18日以来、私は学生とも同僚教員ともほとんど会っていない。小中学校も基本的に大学と同じだが、政府は小中学校の対面授業を検討し、教室は最高18人までなどの規制をもうけ、クラスの生徒を半分に分け、交代で対面授業を始めつつある (Rasmitadila et al 2020)。

このように状況は少しずつ改善しているが、その決め手は何といってもワクチンだ。インドネシアのワクチン接種は今年1月13日のジョコウィ大統領の接種から始まり、大統領はその必要性を国民に訴えた。接種は、医療関係者、軍、警察関係者、マスコミ、観光産業従事者、教員、省庁関係者、あるいは大きな市場の商人なども優先対象とした。この無料のワクチン接種はどんどんと進み、現在は、続く優先対象者である高齢者への接種が進んでいる。高齢者への接種は、町村町内単位で進行している。

ワクチン接種を受ける筆者(4月19日)

 

私は優先対象者のうちの教員カテゴリーに入り、3月23日にインドネシア大学病院で第1回目の接種を終えた。接種はドライブスルーで行われ、たいへんスムーズであった。接種後車内で30分間待機し、血圧と体温が測られ異常なしと確認された後、会場を後にした。第2回目接種は4月19日の予定である。高齢者に対する接種も進み、例えば、CSEASのジャカルタ連絡事務所の元運転手であるジュンピ氏は町内会のプログラムを通じて4月5日に第1回目の接種を終えた。私には、中国からの材料を使ってインドネシアの国営製薬会社であるBio Farmaで作られたSinovacが接種されたが、ジュンピ氏はAstraZeneca製だったということである。

政府によるワクチン接種促進の一環として、自主ワクチン制度(vaksin mandiri)あるい相互扶助ワクチン制度(vaksin gotong royong)と呼ばれるプログラムもある。これは企業がインドネシア商工会議所などに申し込み、ワクチン配布を受けるという制度で、費用は企業が負担する。これまでに1万7000社あまりから申請があり、約860万人が対象になる。近い将来、国営企業も含め、全体で2000万人を目指す。

これまでインドネシア全体で1060万人が1回目の接種を終え、571万人が2回目の接種を終えた。政府は、6月には1日あたり100万人のワクチン接種を進めるとしている。1日あたり100万人の接種をしても、また対象とならない子供の数が差し引かれるとはいえ、人口2億7000万人に摂取するためには相当の時間がかかるだろう。

ワクチンは先に述べたSinovac、AstraZeneca(イギリス)以外にもSinopharm(中国)、Moderna(アメリカ)、Pfizer-BioNTech(アメリカ・ドイツ)、Novavax(アメリカ)なども予定され、さらにオーストラリア、カナダの会社とも契約を結んでいると伝えられた。さらにインドネシアの研究機関であるEijkmanなどによる国産ワクチン開発も進んでいる。自主ワクチン制度では、SinopharmやCanSino(中国)、Sputnik V(ロシア)などを用い、政府の通常プログラムで用いているワクチンは使わない。

「ワクチン接種を受けました!」と書かれた看板の前で記念撮影(4月19日)

 

ワクチンの副作用についての話題はいろいろあるものの、皆がどんどん受けているし、所によっては我先にという現象も見られる。だれでも不安があるのに対し、大統領自らが率先して受け、そこら中でワクチンを受けましょうという宣伝をし、その効果が上がっている。これまで接種されたワクチンのほとんどが中国のSinovacないしインドネシアで調合したSinovacであることから、ハラール問題など国民の間に漠然とした不安や反感があったものの政府がこれをよく抑え、イスラーム指導者もワクチンはハラールであると宣言するなど積極的に協力している。2019年の大統領選挙でジョコウィが中国よりだと陰に批判していた旧対立候補のプラボウォ派の人たちも積極的にこのワクチンを受けている。よく考えれば、コロナ禍を乗りきる方法は(マスクなどの徹底を継続しながらの)ワクチンしかないということで、早くから方針を明確にして適切な方策をとってきたということだろう。また公務員の接種は義務化されているが、スマトラの離村ではなおワクチンに対する危惧も強い。新型コロナウィルス感染症が発生していない村ではワクチンへの危惧がコロナ感染症への危惧を上回るのだろう。

昨今の新規感染者の減少にワクチンがどう効いているのか不明であるものの、ある種の安心感があることは事実だ。街の活動が活発化しているが、政府はこれが行き過ぎることを恐れ、来る5月13日のイスラーム断食明け大祭に際しての帰郷を禁じた。このように状況は改善しているものの、十分に安心できるという段階からはほど遠い。

 

2021年5月11日 公開 (2021年4月21日 脱稿)

 

 

参考文献

  • Abdullah, Irwan. 2020. Covid-19: Threat and Fear in Indonesia. Psychological Trauma: Theory, Research, Practice, and Policy 12(5): 488-490.
  • Andriani, Helen. 2020. Effectiveness of Large-scale Social Restriction (PSBB) toward the New Normal Era during COVID-19 Outbreak: A Mini Policy Review. Journal of Indonesian Health Policy and Administration 5(2): 61-65.
  • Rasmitadila, Rusi Rusmiati Aliyyah, Reza Rachmadtullah, Achmad Samsudin, Ernawulan Syaodih, Muhammad Nurtanto, and Anna Riana Suryanti Tambunan. 2020. The Perceptions of Primary School Teachers of Online Learning during the COVID-19 Pandemic Period: A Case Study in Indonesia. Journal of Ethnic and Cultural Studies 7(2): 90-109. http://dx.doi.org/10.29333/ejecs/388
  • Setiati, Siti and Muhammad K. Azwar. 2020. Covid-19 and Indonesia. Acta Medica Indonesiana- Indonesian Journal of Internal Medicine 52(1): 84-89.

 

筆者紹介
水野 広祐(みずの こうすけ): インドネシア大学大学院環境学研究科教授、京都大学東南アジア地域研究研究所連携教授(政治経済共生研究部門)、総合地球環境学研究所研究部客員教授。アジア経済研究所勤務を経て、1996年より現在の京都大学東南アジア地域研究研究所に所属、2019年3月退職。同研究所名誉教授。専門はインドネシア地域研究。京都大学博士(農学)。
土地・労働・資本の制度から西ジャワ農村・インドネシア経済研究へ、さらに、スマトラの泥炭問題に研究対象を広げた。 最近はインドネシアの泥炭火災問題とその解決策を模索する実践型地域研究に取り組んでおり、現在の主な研究課題に「インドネシアにおける土地所有権と泥炭地回復」がある。『インドネシアの地場産業──アジア経済再生の道とは何か?』(京都大学学術出版会、1999年)にて第21回発展途上国研究奨励賞受賞。これまでの研究のあゆみは、退職記念鼎談「インドネシアの人々とともに歩んで」に詳しい。

 

Citation

水野 広祐(2021)「インドネシアの新型コロナウィルス感染症 ──都市における深刻な感染状況とワクチン接種の進展──」CSEAS Newsletter 4: TBC.