インドネシアはこれまでのところ、コロナウィルスが引き起こしたパンデミックに効果的に対応できておらず、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムなどの近隣諸国と比較しても危機的な状況が続いている(ASEAN Briefing 2020)。インドネシアの危機対応の不十分さの原因は何なのだろうか。この問題については複数の要因を指摘することができるが、ここでは政府のリーダーシップの弱さという問題に焦点を当てる。

 

問題の主な原因

例えば保健大臣は「コロナは自己治癒できる病気である」と述べた(CNN Indonesia 2020a)。経済調整大臣は「許可証の発行が複雑なので、コロナウィルスはインドネシアに入ることはない」と軽口を叩いた(Suara 2020a)。ジョコ・ウィドド大統領は、コロナ対策として「エンポン・エンポン(生姜、ウコン、ターメリックなどからなるスパイス)を1日3回飲む」と話した(Liputan6 2020c)。交通大臣は「ナシ・クチン(バナナの葉に包まれた小分けのごはん)を毎日食べているからコロナウィルスが私たちを襲うことはない」と冗談を言い放った(Portonews 2020)。これらのコメントは、この病気の並外れた危険性に対する中央政府の認識の甘さを物語っている。

インドネシア政府は、状況の深刻さを軽視しているだけでなく、公共の安全と経済のどちらを優先すべきかについても混乱している。コロナ以前、ジョコウィ政府は主に経済発展に重点を置いていた。そのことは、まず大統領就任演説(Kompas 2019)から明らかだったし、さらに企業活動や投資を支援するための人的資源の確保や規制緩和を目的としたさまざまなプログラムや政策からも明らかであった。

しかし、パンデミックにより政府が先導してきたこれらの計画の継続は困難となり、大統領と彼の顧問は調整の態勢を整えられずにいる。そのため、パンデミックが始まった当初、彼らが相反する決定をしばしば行っていたのは驚くに当たらない。さらに政府と国民の間だけでなく、政府機関間のコミュニケーションも不十分であった。政府の国民へのメッセージはがっかりさせるもので、国民から共感を得られず、公式ガイドラインの遵守を促すことはできなかった。

さらに政府の方針や活動に透明性がなく、第三者との協力にも消極的で、これが全体としての連携不足の要因となっている。特にパンデミックの初期において、医療従事者などとりわけ献身的に協力した人々に対して、政府はほとんど感謝の意を示さなかった。

 

不適切で一貫性のない方針

パンデミックの危険性を過小評価することは重大な過ちにつながっている。その最初の過ちは、世界保健機関(WHO)とハーバード大学の研究者からの警告を政府が無視したことである(The Jakarta Post 2020)。

政府は、武漢を含む中国との間の国際渡航を直ちに制限しなかった。政府関係者たちはコナウェ県(東南スラウェシ州)の地域開発プロジェクトを完了させるために中国人労働者を呼び込み続けた。中国人労働者がコナウェ県に入ることを政府が許可し続けたことはまた、地元の人々や地方議会の抵抗を招いた(Kompas TV 2020)。

他の国が国境を閉鎖している間、政府は外国人観光客がインドネシアを訪問し続けることを期待した。政府は、観光キャンペーンに人気のインフルエンサーたちを起用し、観光客を増やすために4.7兆ルピアの予算配分さえ行ったのである(Katadata 2020b)。

一方、政府は、マスクから手指消毒液にいたる防護品の調達を国民の手に委ねた。特にパンデミック初期には、民間企業がこれらのニーズを満たし(Liputan6 2020a, b)、国はそれまでと同様に中国から野菜や果物の輸入だけを行っていた(Tempo 2020b)。

政府はこれらの問題への解決策を見つけるどころか、人々の表現の自由を制限する政策を実施した。政府は特別な法的責任免除条項を盛り込んだ「法律代行政令(Perppu)2020年第1号」を施行したが、これはオリガーク(政治・経済を支配する少数の特権階級)たちや悪政に特権を与えるものとして広く批判された(CNN Indonesia 2020b, d)。特にその第27条第1項で「金融システム安定委員会(KSSK)委員、KSSKの幹事と事務局員、および財務省、インドネシア銀行、金融サービス機構、預金保険機構の職員、およびこの政令の実施に関係のあるその他の職員たちは、政令の規則に沿って職務を遂行する際に善意(itikad baik)があるならば、法的責任を負わない」、第2項で「この政令に起因する決定を含むすべての行為は、裁判所による弾劾の対象とはならない」(法律代行政令2020年第1号)と定めている。

また、国の政策にも一貫性がなかった。例えば、旅行を禁止しながら、45歳未満の者の自宅からの外出は合法とされた(Kompas 2020c)。政府はいったんは公共交通機関の運行を禁止したものの、その後通常通りの運行を認めた(Tirto 2020c)。さらに政府は、ムディック(ラマダーン終了を祝うための帰省)を禁止しながら、プラン・カンプン──ムディックと同じ慣習を指す別の用語──を許可していた(Kompas 2020b)。

政策の一部は、選択的に実施されてきた。例えばPSBB(Pembatasan Sosial Berskala Besar=大規模な社会的制限)は保健大臣令2020年第9号に基づき、コロナウィルス感染地域での活動を制限するものである。この大臣令は、治安、金融、保健、通信など社会生活上不可欠な公共サービスを除き、職場や学校を閉鎖し、宗教活動、公共空間での活動、社会文化活動、交通、その他の大規模な社会経済活動を制限するものである(保健大臣令2020年第9号)。

PSBBはその施行の初期段階で、礼拝所での大規模な集会を禁止していた。にもかかわらず、商店街や商業地区に対しては柔軟な対応をとっていた。皮肉なのは、パンデミックのピーク時に、ジョコ・ウィドド自身が大臣令に違反して路上の人々に食料を配っていたことである(Suara 2020b, Tirto 2020a)。

政策が不適切かつ不十分なため、政府は感染者と死者の増加を抑えることができていない。医療従事者の間では大きな不満が噴出し、抗議の声が上がった。コロナウィルス陽性で亡くなった人々の遺体を埋葬するために昼夜を問わず働いている墓堀り人夫たちも、「何でもありのインドネシア」(Kompas 2020a)というキャンペーンを通じて失望の声を上げた。このキャンペーンは、コロナウィルス対策をめぐる政府の優柔不断さ、曖昧さと一貫性のなさに対して医療従事者たちが抱いた失望と不満ゆえに起きた。

 

弱い調整力

また、中央政府と地方自治体の関係にも問題があった。パンデミックの初期(2020年1月~2月)には、何が最善の行動かが誰にも分からなかったために、一部の地方自治体は独自の政策を実施した。大規模な宗教活動後の感染拡大が疑われた西ジャワ州などの自治体では、特に迅速な対応がとられた(Tirto 2020b)。

一部の自治体は、学校閉鎖などの制限措置をも計画していた(結局、PSBB後に学校の閉鎖は実施された)。ジャカルタ首都特別州、西ジャワ州、ソロ市、トゥガル県などの地域では、さらに厳格な政策が打ち出された。例えば、アニス・バスウェダン州知事はジャカルタを封鎖する計画を発表したが(Gatra.Com 2020)、中央政府が却下した。地方自治体のなかには、隔離後の事態に備えて「バンソス(社会扶助)」と呼ばれる包括的な社会支援政策を計画しているところもあった。

こうした自治体の政策を受けて、最終的に中央政府もパンデミック対応を行った。しかし、対策が遅れたにもかかわらず、政府は自分たちが最大の権限を持っていると主張することにこだわった。「コロナ感染症への迅速対応タスクフォース」の設置を発表して、パンデミックに関わるあらゆる政策を統括しようとした。

政府は、封鎖に代わってPSBBの実施を決めた。政府はまた新しい規制も作ったが、なかには自治体の政策と矛盾するものもあった。たとえば、ジャカルタ特別州はオンラインアプリを使ったバイクタクシー(ojek daring)を禁止したが、同ビジネスの営業を許可する政府の方針によって無効化された(Kompas 2020f)。また、政府はPSBBの実施前に地方自治体に感染者数と死者数の報告を義務づけた。このような官僚主義的なやり方は、PSBBの実施をさらに遅らせることとなった。

もともと貧困層への支援を目的としていたバンソス(社会扶助)政策は、(コロナ感染症対策の一環に位置づけられても)調整不足のためにすべての地域社会に恩恵が行き渡ることはなく、中央政府と地方自治体との間にさらなる軋轢が生じた。一例として、政府はジャカルタのアニス州知事が政府の政策に積極的に協力していないと非難した。これに対してアニス知事が政府こそが誤解しているのだと訴えたのは説得力があった(Kompas 2020d, Tempo 2020a, Kompas 2020e)。

こうした調整不足は、地方自治体レベルでも発生している。例えば、スラバヤ市のトリ・リスマハリニ市長は、市民に救急車サービスを提供するにあたり、上位自治体の東ジャワ州知事ではなく中央政府に連絡を取った(Tempo 2020c, Meredeka 2020a)。本来であれば州政府に連絡すべきなのに中央政府に連絡をするという判断はいかにも場当たり的で、スラバヤがパンデミックに対して効果的に対応できなかったことを示している。その結果、スラバヤ市のコロナウィルス感染者数は全国で最も多くなった(CNN Indonesia 2020a)。

国と医療従事者などの民間機関との間の調整も同様によくない。これはコロナ感染者の発生当初から明らかであった。医療従事者は即時の隔離の実施を求めたが、政府はソーシャル・ディスタンスの実施にさえもコミットしていなかった。指針のないまま、医療従事者たちは効果の乏しい政策のもとで孤軍奮闘するしかなく、場合によっては自らの命を犠牲にしなければならなかった(Katadata 2020a)。

また、草の根の宗教団体の間でも調整不足が発生した。当初、政府によるPSBBガイドラインに抵抗した宗教団体もあったが、程度の差こそあれ、最終的にはそれぞれが従った。

 

従順ではない国民

最後に、国に対する不信感の現れである人々の不服従が、この状況を助長している。リリ・ロムリによると、インドネシアの人々は、困っている人を目立つように助けることで自分たちの地位を示す傾向がある(Lili Romli 2020)。社会運動家や芸術家など複数の組織や個人が、数百億ルピアにのぼる救援物資を提供したり、医療従事者にマスクや手指消毒剤を提供したりして、自身のやり方で事態に対処しようとしている(Liputan6 2020a, b)。

さらに市井の人は、この緊急事態はもう終わったと思っているようである。政府による対応のまずさが延々と続く結果、人々は公式のガイドラインや規制に懐疑的になり、自己中心的になっている。レッドゾーンに指定された場所でも、あらゆる規則を破って人々が集まっている姿が見られる。

政府の規則に素直に従って家にいる人々でさえ、最も基本的なニーズが満たされるかどうかについて不安を抱えている。皮肉なことに、政府はオンライン就業前訓練プログラムを提供しても、金銭的支援はしていない(Merdeka 2020b)。さらに、一家庭につき米15kgを含む食料品のパッケージを配布するバンソス計画の実施が不十分であったため、多くの地域で人々は「ステイ・ホーム」の注意喚起を無視して日々の糧を得るために外出した。

当然のことながら、政府主催のチャリティコンサートは、一貫性がなく(Vivanews 2020a, Kabar24 2020, Vivanews 2020b, CNN Indonesia 2020c)、無神経であると広く批判された。その予算があれば農村部や遠隔地の貧しい人々を救えたかもしれないからである。

要するに、政府の協力要請は人々の心に響かなかった。政府は公共の福祉のために個人の利益を犠牲にしてもらうことに失敗している。初代大統領スカルノ(1901-1970)がラジオを通じて何百万人もの人々の心を掴んだのに対して、ジョコウィ政府は、高度なメディア技術を自由に駆使できるにもかかわらず、人々の信頼を勝ち得ていない。

 

結論

これらすべての要因が、最終的にコロナウィルス感染者数の増加につながっている。その証拠として、ベトナムなど人々が政府を信頼し、政府に従っている国では、パンデミックは急速に沈静化している(DW 2020)。残念ながらインドネシアでは、現在の緊急事態だけでなく、その後の経済的、社会政治的な余波に対処するための準備もできていない。現状のインドネシアには、将来的に同様のパンデミックに対処するための手順がない。このようなインドネシアは時限爆弾のようなものであり、いつ爆発してもおかしくない。

 

2020年12月8日 公開 (2020年7月1日 脱稿)

翻訳 芹澤隆道および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

参考文献

 

フィルマン・ヌール(Firman Noor): インドネシア科学院政治研究センター主任研究員。同研究部長、インドネシア政治学協会(AIPI)会長。研究テーマは政党、選挙、民主主義、政治的表現。研究活動の傍ら、情報開発研究センターや選挙改革センターなど、民主主義や選挙の発展に関わるいくつかのNGOや研究機関での活動を行っている。インドネシア大学社会政治学部政治学科講師を兼任。インドネシア大学社会政治学部政治学科卒業。オーストラリア国立大学大学院アジア研究科で修士号を取得。2012年にエクセター大学大学院社会人文科学研究科で博士号を取得後、エクセター大学研究員(2016-2017年)に着任。主な著作にFragmentation and Cohesion of Islamic Parties in Indonesia: A Case Study of PKB and PKS in the First Decade of Reform Era(インドネシアのイスラム政党の断片化と結束──改革当初10年のPKBとPKSを事例として)、Quo Vadis Demokrasi kita?(私たちの民主主義はどこへゆくのか?)がある。

 

Citation

フィルマン・ヌール(2020)「問題山積のインドネシアの新型コロナウィルス対応」CSEAS Newsletter 4: TBC.