新型コロナウィルス感染症問題はインドネシア経済を直撃している。ジャカルタでは、4月10日から実施されている大規模ソーシャルディスタンス政策(PSBB)によって、オフィスへの通勤が原則禁止された。また、ジャカルタの街にあふれていた緑色のゴージェックオートバイ(主としてオンライン各種サービス業、オートバイタクシー業。それ以外に、清掃引き受け、文書配送ビジネスなど幅広く展開。ビジネスオーナーは現教育大臣)は、注文食品を運ぶビジネスは解除されたものの肝心のオートバイタクシーが禁止され、街でみるゴージェックオートバイが大幅に減少した。今なお街の片隅でたたずむ一部の運転手も手持ち無沙汰だ。特に観光業は打撃が大きい。政府はコロナ感染症によって産業全体で170万人の雇用が失われたと計算している。

3月はじめからの国際原油価格の大幅下落は、インドネシアの主力輸出商品であるパーム原油(以下、CPO)や石炭の価格を下落させた。この結果引き起こされる「輸出の減少→経常収支赤字拡大→資本流出→インドネシア・ルピア暴落」のロジックを先読みする市場は、ルピア売り・ドル買いに動き、3月半ばの中銀によるドル売りオペレーションも焼け石に水、2月は13,000ルピア台後半を推移していたルピアが、3月終わりには17,000ルピアに下落した。ジャカルタ証券市場もこの動きに連動した下落が続いた。

インドネシアは、経常収支赤字がGDP比2.84パーセント(2019年第4四半期)に達しており、このまま資本流出が続けば、1ドルが18,000ルピアさらに20,000ルピアと歯止めなく下落し続けかねず、そうなれば輸入品価格の上昇がもたらす消費者物価の上昇のみならず、1997・8年のアジア通貨危機も再現しかねない危険な状態であった。政府はこの危機に対し、中銀によるドル売りのみならず、ドル建て国債を発行してドルを呼び込むことでルピアの一層の下落をようやく押しとどめ、以降16,000ルピア前後の攻防が続いた。

しかし4月15日、中央統計庁が2020年3月の貿易収支が7.4億ドルの黒字であったと発表したあたりから潮目が変わる。たしかにコロナ禍と世界貿易の縮小あるいはCPOと石炭の価格下落によって輸出額は減少したが、それ以上に輸入額が減少したのであった。2020年第1四半期でみるとさらに顕著で貿易黒字幅は26.2億ドル、前年同期の6.2億ドルの赤字から見ると大幅改善となった。中国などからの製造業の部品や半製品の輸入減少が大きく響いたのであった。インドネシアは2020年2月6日より感染流入を抑えるため、中国人の入国全面禁止のみならず中国部品の輸入も大幅規制をしていたからである。

そして4月20日頃よりインドネシア資本市場への資本の環流が始まる。さらに、2020年第1四半期のGDP成長率が2.97パーセントであったことが発表されると、インドネシア経済に対する再評価につながる。この期は、ヨーロッパでマイナス3.3パーセント、中国でマイナス6.8パーセント、日本も5パーセント前後のマイナスだった。

インドネシアでも2020年4月の自動車販売は前年度同期の10パーセントしかなく、同産業への打撃は明確だ。しかし、インドネシア経済にとってより重要な食品加工業は今後も見通しは明るく、マスクや医療防護服などの輸出を伸ばす繊維産業も販売を維持している。インドネシア経済の心臓部であるジャカルタ周辺はコロナ禍の悪影響を免れないが、他の心臓部とも言うべきスマトラ、カリマンタンのアブラヤシ農園地域や炭田地域はむしろコロナ禍の影響が少ない。コロナ感染者が明らかに少ない農村の人口が今日でも46パーセント(2019年)に達し、やはりコロナ感染者が少ないスマトラ、カリマンタンなどにも各地に経済拠点をもつインドネシア経済の分権的性格は、今回のコロナ禍にあって一極集中型の経済に較べ明らかに優位にあるといえる。

2億6,000万人の人口のうちの1,040万人が住むジャカルタで、2020年5月20日現在6,236名の感染者となっている。インドネシア全体の感染者数は同日で19,189名であるので、全国の4パーセントの人口しかいないジャカルタに感染者の約3分の1が集中していることになる。一方、1,430万人(全国の5.5パーセント)を抱えスマトラ州の経済中心地メダン(人口230万人)が位置する北スマトラ州の感染者数は250名で感染者全体に占める割合は1.3パーセントでしかない。

インドネシア経済はこのところ、非貿易財産業の発展が目立ち、国内市場依存を強めていた。さらに全体にインフォーマルセクターが強く、自営業の機動性があるため、今後長引く経済的困難に比較的対処しやすい。こうした点もインドネシア経済のポジティブな要因である。

そして5月に入って以降は国際原油価格も上昇に転じ、これと相まってCPO価格も石炭価格も上昇に転じた。5月20日時点でルピアは、1ドル14,750ルピアまで持ち直し、ジャカルタ証券市場指標も上昇傾向である。

政府は、今年度の経済成長率を当初の5.3パーセントから下方修正し、良くて2.3パーセント最悪マイナス0.4パーセントと推計している。もし2.3パーセントになれば、他の多くの国がかなりのマイナス幅になるが(世界経済はマイナス3パーセントから4.8パーセント、日本はマイナス4.5パーセントからマイナス9パーセント)、インドネシアはむしろコロナ勝ち組となり、さらなる資本流入も想定できる。これは2008年のリーマンショック時インドネシアは4パーセントの成長を維持し、周辺国や世界経済が軒並みマイナス成長であったパターンと類似している。

これらの好材料に後押しされるかのように、5月18日より、ジャカルタの繊維卸問屋街であるタナー・アバンや総合市場であるスネンの一部マーケットが再開された。ジャカルタ市内では交通渋滞も現れ始め、ソーシャルディスタンスの緩和が始まっている。大統領は、「コロナウィルスと共存してゆかなければならない、もちろんソーシャルディスタンスの規律を守りながら」と述べ、6月5日より国有事業体の職員の通勤を認めた。

ただし、5月20日の全国の新規感染者数は693名で、過去最高を記録した。すなわち、インドネシアのコロナ感染者数は全く減少傾向には転じていないのである。この早すぎるソーシャルディスタンス緩和政策の一方で、政府は、イスラーム断食明けのルバラン大祭に伴うジャカルタ周辺在住者の帰郷を禁止するなどもちろん感染者の拡大抑制政策をとっている。

現在ジャカルタやその周辺に集中するコロナ感染者が全国に拡散するのか、ジャカルタなどに封じ込めておくことができるのか、そして、感染者数の明確な減少に持ってゆけるのか。あるいは早すぎる緩和策はさらなる感染者の増加につながり、事態を悪化させるのであろうか。インドネシアは今、コロナ勝ち組になるのか、それが見果てぬ夢に終わるのか、その岐路に立っている。

 

2020年6月15日 脱稿

 

水野 広祐(みずの こうすけ): インドネシア大学大学院環境学研究科教授、京都大学東南アジア地域研究研究所連携教授(政治経済共生研究部門)、総合地球環境学研究所研究部客員教授。アジア経済研究所勤務を経て、1996年より現在の京都大学東南アジア地域研究研究所に所属、2019年3月退職。同研究所名誉教授。専門はインドネシア地域研究。京都大学博士(農学)。
土地・労働・資本の制度から西ジャワ農村・インドネシア経済研究へ、さらに、スマトラの泥炭問題に研究対象を広げた。 最近はインドネシアの泥炭火災問題とその解決策を模索する実践型地域研究に取り組んでおり、現在の主な研究課題に「インドネシアにおける土地所有権と泥炭地回復」がある。『インドネシアの地場産業──アジア経済再生の道とは何か?』(京都大学学術出版会、1999年)にて第21回発展途上国研究奨励賞受賞。これまでの研究のあゆみは、退職記念鼎談「インドネシアの人々とともに歩んで」に詳しい。

 

Citation

水野 広祐(2020)「インドネシア経済は新型コロナウィルス感染症勝ち組に!?」CSEAS Newsletter 4: TBC.