Mexico Philippines

グローバルな問題、住民の苦しみ
──メキシコとフィリピンにおけるコロナウイルス

エリベルト・ルイス・タフォヤ
CSEAS Kyoto University
Mexico Philippines

グローバルな問題、住民の苦しみ
──メキシコとフィリピンにおけるコロナウイルス

キーワード:新型コロナウイルス感染症(COVID-19), メキシコ, フィリピン, パッケージ食品, 包摂性, 貧困

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という、細胞の100分の1ほどの大きさのウイルスによる感染症が数百万もの人々を追い詰め、支配的な経済システムを麻痺させている。メキシコとフィリピンは地理的に離れているが歴史的なつながりがあり、当局の発表によると2020年 5月3日現在、メキシコでは感染者が2万2088人、死者2061人[1]、フィリピンでは感染者9223人、死者607人[2]となっている。メディアの解説者はコロナの推測しうる影響について数値と公式発表を伝えているだけだが、私たちはグローバルサウスの二つの国における重大な出来事と建設的な対応を観察し、それらから学ぶべきである。

この両国において、COVID-19がどのように広がったのか、次の八つの共通点に着目して説明することができる。(1)特権をめぐる政争 、(2)不十分な医療制度(病床・換気設備・医療器具の不足、25万人以上の医師不足)、(3)人口の大部分がインフォーマルな自給自足経済で暮らしていること、(4)勤勉で有能な数十万人の移民が送金に苦労してしていること、(5)国際機関への政府債務、(6)国家が企業の力に取り込まれていること、(7)社会関係や文化に埋め込まれた構造的な不平等、貧困、周縁化、(8)ハリケーン、地震、旱魃、火事で悪化する環境問題。これらの要素を分析してゆくとき、本稿では扱いきれない歴史的・構造的制約があることに気がつくが、それらも心に留めて以下を読んでいただきたい。

メキシコにおけるCOVID-19—肥満の蔓延と麻薬組織のはざまで

農産物の豊かなメキシコで肥満が広がっている。人口の75%が過体重で、高血圧症や糖尿病を抱えている者が多い。事実、メキシコは人口10万人当たりの糖尿病患者数が世界第1位で、成人肥満率は第2位、子どもの肥満率は第4位である(Global Obesity Observatory 2020)。こうした悪夢的な社会状況を招いた主な原因は超加工食品(パッケージ食品、缶詰、瓶詰など)にあり(GRAIN 2015)、それは、メキシコが「関税及び貿易に関する一般協定」(GATT)に加入した1986年以降、さらには北米自由貿易協定(NAFTA)に1994年に加盟して以降、貿易自由化など、国内農業に不利益をもたらす政策をとってきた帰結でもある。

この点が重要であるのは、ブランドもののパッケージ食品(CPF)の日常的消費が身体に炎症を起こし、そのために免疫システムが弱まり、ウイルスに感染しやすくなるからだ。つまりブランドもののパッケージ食品の日常的消費がCOVID-19の急速な拡大を助長したと言える。保健省のロペス・ガテル次官もこれを認める発言をしている。「世界の他の地域に比べて、わが国は若年層に重症者が多い。これは肥満、過体重、糖尿病、高血圧症などの慢性病が広がり、重症化し、長く続いている結果である。こうした慢性病はいずれも40年以上にわたる栄養不足、(中略)高カロリーで質の低い食品、非常に低い栄養価と関係がある」(2020年4月19日の記者会見)[3]

メキシコの隣国であるアメリカにおいても肥満が多く、パンデミックの中心地になっているのは偶然ではない。アメリカの問題は目に見える形でメキシコに波及する。不名誉なことだが、「アメリカが風邪引けば、メキシコは肺炎になる」という表現がある。COVID-19はアメリカに住むメキシコ人(アメリカ生まれは約1500万人でメキシコ系を合計すると3000万人以上)にさまざまな影響を及ぼしている。メキシコ国内の家族への送金が減ったこともその一例である。

COVID-19のメキシコへの影響は今よりもっと大きくなるかもしれない。人口の16%しか飲料水を日々確保できず、大半の住居(約60%)は小さく、安全とはいえないからだ。

水不足で「手洗い」ルールの効果は上がっていない。さらに、貧困地区は住宅事情が悪く過密であることから、ドメスティックバイオレンス(DV)が深刻化している。2019年には1日に平均10人の女性が殺害され(INEGI 2019)、2020年も女性に対する暴力は減ることがなく、公衆衛生上の緊急事態下でさらに悪化した[4]

たしかに、現地の状況を考慮せずに、隔離、主要な社会・経済活動の中止といった「国際標準」を適用すれば、ウイルスの急速な拡大を防げるかもしれない。しかし、これは、ブランドもののパッケージ食品の消費がもたらす肥満など別の問題を増幅させており、屋外活動の不足はDVを増加させ、人々は食料や水、薬を買う金を何としても手に入れようとする。その結果、麻薬組織に接近することになり、麻薬組織の影響力が周縁化された地域にまで及んでいる。最近、グアダラハラ近郊で起きたことが広く報道された。チャポ・グスマン(アメリカで服役中の象徴的な麻薬組織幹部)の娘が救援物資を配布したのだ。「チャポ救援物資パック」(写真1a・1bを参照)には米、豆、砂糖、クッキー、各種スープパスタ、マッシュポテト、油、トイレットペーパーに加え、娘アレハンドリナ・グスマンの署名入りカードが入っていた。カードには、「私たちのブランド『チャポ701』にとって重要なのは、恵まれないすべてのメキシコ人を、人への敬意と伝統の大切さを教えてくれた年配者を支援することです」と書かれている。「ブランド」のソーシャルネットワークは、脆弱な人たちに食料を届けてほしいという要望を多数受けており、支援の拡大が予想される。

それどころかソーシャルネットワークの世界では、麻薬組織は緊急物資パックを配布して人々の共感を得ようと張り合っているようだ[5]。写真や動画を見ると、箱には「あなたの友人CJNG(ハリスコ新世代カルテル)からコロナ支援です」、あるいは「The Lord of the Cocks メンチョは人々とともに」「ガルフ・カルテルはマタモラス市を支援します」などと書かれている(写真2を参照)。これに対し住民はソーシャルメディアに、彼らの支援に感謝すると書き込んでおり、メキシコの母親たちの典型的なあいさつ「God bless you」(神の恵みがありますように)がたいてい添えられている。

マニラ首都圏におけるCOVID-19―厳しいロックダウンと無力感のはざまで

メキシコの状況は、フィリピンの事情に通じた者には珍しくもないかもしれない。しかしながら、インフラ、公共サービス、最貧困層の栄養不良といったより大きな問題がフィリピンの状況を悪化させている。過体重と肥満が無視できない社会的脅威になりつつあり(FNRI, 2018; Global Obesity Observatory, 2020)、周辺地域の犯罪は恒常的な問題になっている。ロドリゴ・ドゥテルテ大統領と側近の政治家らはこうした脅威と不安にかこつけて、人権を軽視した不当な政策を実施している。

強引な統治形態はCOVID-19危機への対応にも見られる。マニラ首都圏の主要なスラムでは、政府の指針に違反したという理由で逮捕者が出ている[6]。ロックダウンが3月15日に発令されて以降、人々は首都圏から何とか脱出しようとしている。国とマニラ首都圏の当局は各都市に検問所を置き、およそ1900万人を閉じ込め、移動を禁止している。近隣でコロナ陽性者が報告されると完全に封鎖された地区もある。それに伴って社会・商業活動が制限され、家族を養うために日々働かなければならない数百世帯が大打撃を受けている。

たとえばパヤタス、タタロン、ダコタのスラムには筆者が博士論文のためにフィールドワークをした頃からつながりのある住民がいるが、ほとんどの人が移動できず、彼らの経済活動は中断している。カレンデリア(大衆食堂)やサリサリストア(零細小売店)、ごみ収集、中古品店、建設工事などがそうだ。パヤタス在住の情報提供者の一人であるティタ・アンパロは、何が起きているのか最新情報をいつも筆者に知らせてくれる。ティタは58歳の女性で未婚、子どもはいない。バランガイ[7](最小行政区)の役所の隣に露店を出し、食品を売るのが主な仕事だ。彼女はロックダウンで非常な打撃を受け、さらに悪いことに、「世帯」を構えていなかったので、地元の役人から支援の優先権者とみなされなかった。露店を手伝う甥と二人暮らしだ。こうした苦境にあって二人の食事は1日1回か2回で、米とわずかな麺料理かもらい物で済ましている。彼女は心身ともに疲弊している。2020年4月25日の甥からのメールにはこう書かれていた。

 「こんにちは、先生。ティタ・アンパロに言いました。COVID-19が広がってお金がないので、先生の助けが必要だって。どうか助けてください」

パヤタス、タタロン、ダコタのスラムに住む友人たちからも同じようなメールが来ている。

公式発表では、マニラ首都圏の多くの家庭が自治体から少量の食品パックを受け取っており、中には米2キロか3キロといくつかのパッケージ食品、缶詰などが入っている(写真3a、3b、4a、4b)。妻と子ども3人をもつ男性(24歳)から4月20日に届いたメールには、「バランガイは米とイワシの缶詰、麺をくれましたが、わずか3日分です」とあった。彼の父はごみ収集員で、母は主婦で、インフォーマルな仕事を時々しているが、両親への支援も筆者に求めてきた。

筆者にはなすすべがなく、スラムで活動する団体の知り合いに事情を伝えたが、彼ら自身も何ができるのか無力感にさいなまれている。ダコタのバジャウ民族を支援するNGOの責任者から来たメールがそれを如実に示している。

「知り合いからのメールによれば、今でも外出する者もいれば、路上をうろついている者もいるようです。考えたくはないですが、彼らがウイルスに感染したら、コミュニティに何が起こるかわかりません。誰も物資をもらいに来れないし、誰も物資を届けることができず、どうしようもありません。彼らに申し訳ないという気持ちでいっぱいです」(3月27日午前9時9分)

その後、バジャウ族の人たちがどのような救援物資パックを受け取ったのかを記したメールが届いた(写真5a、5b、5c、5d)。

「せいぜい3日分です。家族の人数によっては1日か2日しかもちません。自治体は各世帯に1週間分の食料と現金1000ペソを支給しましたが、私は1回の配給をもっと増やそうと努力しています。感染しないよう十分注意して、少しでもできることをやっています。こうした人たちのために早く何とかしなければなりません。神よ、力を与えたまえ」(4月4日午後9時44分)

脆弱な人々に親近感をもつ者はみな無力感に襲われている。

政府は4月末、緊急事態の拡大を踏まえて、低所得世帯を対象とする「社会改善プログラム」を発表した。1世帯当たり5000~8000ペソ(10500~16800円)の現金給付であるが、貧困層が行政手続きを完了させることができるのか疑問視されている。対象となる世帯数が不明であり、本当に支援が必要な人たちを支援する仕組みもできていない。また、現金が計画通り支給されたとしても、ブランドもののパッケージ食品やアルコール飲料、タバコ、不要品の消費が増える可能性が高い。

闇を照らす

政府による現金給付と食料支援によって一息つけると考えられるが、米をブランドもののパッケージ食品と一緒に食べると健康リスクが増し、身体はそれをもっと摂取しようとする。しかし、人間は決して受け身の存在ではなく、しばしば闇に光を照らして対応する。それはより包摂的な社会の土台をつくる活動である。その意味でここで次に、フィリピン・パヤタス地区のFFAとメキシコ・メヒカリ市のPIUMAを事例として紹介する。

フェアプレー・フォー・オール(フィリピン・パヤタス)

フェアプレー・フォー・オール・ファウンデーション(FFA)はイギリス人のロイ・ムーアが運営する非営利団体である。2011年にパヤタスで活動を始め、学校を中退した子どもたちにサッカーを教え、民主的教育を行なっている。FFAは子ども時代のトラウマを取り除くことに力を入れるとともに、睡眠と栄養の改善、運動の奨励、メンタルヘルスサポート、社会的な支援、マインドフルネスにも力を入れている。FFAはCOVID-19に直面するなか、スポーツ活動や教育活動を延期し、手洗い場をつくり、体表面温度を測定する温度スキャナーを購入した。さらに、寄付金のおかげで88世帯(約350人)に食料パックを届けることができた。米5キロ、レンズ豆1キロ、サヤマメ1キロ、野菜詰め合わせ(カボチャ、オクラ、ウポ、サツマイモ、キャベツなど)4キロのセットである(写真6aと6bを参照)。

FFAはオートミール、レンズ豆スープ、豆カレーなどの緊急食もつくった。子どもたちは容器をもってフェアプレイ・カフェに通い、料理を持ち帰ることができる。こうした地元の新鮮な野菜や豆類は一食あたりブランドもののパッケージ食品や缶詰より安いだけでなく[8]、身体の免疫システムを高める。筆者が思うに、これは、今後発生するウイルスの撃退方法について有益な道しるべを子どもの心に示している。

写真6a・6b バジャウ民族への食料配給

PIUMA(メキシコ・メヒカリ)

PIUMAは、バハカリフォルニア自治大学の学生と卒業生が2016年に立ち上げた非営利団体である。きっかけは、ハイチから数千人の移民が国境を越えてアメリカに入国しようとメヒカリに押し寄せたことだ。大多数はアメリカに移住できず、メキシコにとどまることになる。ハイチ人がメキシコ社会に溶け込むのはさまざまな理由で難しい。そこでPIUMAは技術教育をとおして移民の包摂を図るプログラムに力を入れ、製造業で職を得るためのツールを提供している。

COVID-19はメヒカリなど国境沿いの工業都市に大きな打撃を与えた。3月半ば以降、政府は検問所を設置し、経済活動を制限したが、マキラドーラの工場は資本がらみの利権のために閉鎖しなかった。自治体は衛生設備と救援食料パックを配給しているが、ハイチ人(および他の移民)は除外されることが多い。そのためPIUMAの活動家たちは直ちに手を打ち、COVID-19に関する情報をクレオール語で印刷し(写真7)、92羽の鶏とともにハイチ人に配布した。それも気温が40度を超えるような地域でこのような活動が行なわれているのである[9](写真8a、8b、8c、8d)。

さらにPIUMAは4月に、マスクや眼鏡、手指消毒剤を、信号で物品販売をするハイチ人60~70人に配布するキャンペーンを企画した。その後、寄付を得て、最小限の超加工食品セット150袋を配布するキャンペーンを実施できた。食品の選定に際しては、オート麦、米、豆、トウモロコシ、小麦粉を優先させた(写真9を参照)。また、多くのハイチ人が集まる床屋や飲食店、教会にコロナ情報を掲示した。5月初め以降、PIUMAは他の団体と協力して医療相談を行ない、最近メヒカリに来たハイチ人妊婦に対して必要に応じて医療を提供している。

PIUMAの活動の社会的価値は、団体間の調整役を果たし、大学の教員や学生を巻き込み、メキシコ人とハイチ人コミュニティの融合を図っていることにある。こうした行動は人々の集合意識の表れであり、特に、国境を越えて変化の種をまき続けている若い活動家の記憶に刻まれる。

国境を越えた連帯の呼びかけ

COVID-19が収束しても、「平常」には戻らないだろう。しかし、世界を月の裏側ではなく表側の明るいほうへ向かわせるのが私たちに課せられた仕事である。今後の公衆衛生上の危機や環境危機に立ち向かえる、より包摂的な医療制度の構築に取り組む必要がある。とはいえ、グローバルサウス内の微妙な違いに目を向けず、「標準」を押しつける国際機関や政府のリーダーシップは本当に信用できるのか。大企業や犯罪組織を信用してよいのか。食、住居、健康という基本的な問題を解決するのに金銭的施しに頼り続けるのか。

ひとつすぐにも可能なのは、私たちが協調的な集団として機能的なネットワークをうまく活用し主導権を握ることだ。たとえば、COVID-19危機においてFFAやPIUMAがとった、ささやかながら希望がもてる行動に見られるつながりに着目し、それを強める。コロナ禍をとおして、一方には脆弱さやレジリエンスがあり、他方には相互のつながりや相互に頼り合う関係があることを地球規模で認識するなら、プラスに作用することがあるはずだ。これは、人々の連帯を強化できる情報とベストプラクティスを共有する出発点となりうる。そしてその後も経験を交換し合うことが、つながりを強めるために必要である。

メキシコとフィリピンは、今後も生存と連帯に関する参考事例となるだろう。それらを比較分析することで、将来の危機に立ち向かう力を強めることができる。南南関係の比較分析が不可欠である。グローバルノースからの支援は歓迎すべきだが、この何カ月かで目にしたように、権力者は危機に直面すると、一人ひとりに自助努力を求める。したがって、まずは互いに助け合ったほうが良い。そのうえで無償の支援が追加されるなら喜ばしいことだ。

2024年2月29日 公開 (2020年5月7日 脱稿)

References

 

 

BIO:

エリベルト・ルイス・タフォヤ(Heriberto Ruiz Tafoya):京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員、広島にある特定非営利活動法人 社会理論・動態研究所(ISTAD)研究員。研究テーマは、ブランドもののパッケージ食品(CFP)をめぐる政治経済、食の社会学、スラムのボトムアップ政策。京都大学で経済学博士を取得。メキシコ国立自治大学経済学部卒業、イギリスのサセックス大学修士課程(技術・イノベーションマネジメント)、同志社大学大学院ビジネス研究科(グローバルMBA)修了。経済学分野の教鞭をとっており、現在は立命館大学大学院国際関係研究科講師(「グローバル政治経済」の講義を担当)。

 

Citation

エリベルト・ルイス・タフォヤ. 2020. 「グローバルな問題、住民の苦しみ──メキシコとフィリピンにおけるコロナウイルス」 CSEAS NEWSLETTER, 78: TBC.