ネパールにおける移住とインドのネパール人出稼ぎ労働者

ネパールは、その南、東、そして西をインドに、北は中国によって囲まれた内陸国だ。インド方面には、通行が自由で抜け穴の多い国境線が約1700km続いている。加えて、両国には似たような文化的・宗教的慣習がある。1950年にインド・ネパール平和友好条約(1950 Treaty of Peace and Friendship)が結ばれて以来、両国では国境を越えた移動と労働が可能となり、移住者は現地住民と同等の扱いを受けられるようになった。このような、ネパールとインドの文化的、社会・経済的、政治的な関係によって、二国間の移動は、独特で複雑な越境移住の動態を示すこととなった。

ネパールにおける外国への出稼ぎには、約200年前に遡る長い歴史がある。インドへの移住が記録され始めた1885年は、ネパール国民が公式に英領インド陸軍に招集された年だ(Rathaur 2001)。1947年のインド独立後には、農村出身の多くの若いネパール人がインドへの越境移住をよりよい雇用機会と捉え、茶農園や土木工事、その他の単純労働の職に就くようになった(Kunwar 2018)。1950年代~60年代以降には、労働許可証が求められず、簡単に交換できる通貨があり、手ごろな移動手段があり、家族や村内に移住経験者がいて、文化が似ているなど、様々な理由からインドへ向かう移民が増加した。だが、決め手となった要因は、両国が地理的に非常に近く、国境を自由に行き来できることだった。1996~2006年のネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の武力闘争の際にも、暴力を恐れて、また農業生産が落ち込み経済活動が縮小したことを受けて、インドなどの海外の出稼ぎ先に向かうネパール人の大規模移動が見られた(Bohra-Mishra 2011)。特に湾岸協力理事会(Gulf Corporation Council, GCC)のメンバー国やマレーシアなどの出稼ぎ先では、ネパール人は主に「3K」(汚い・きつい・危険)と呼ばれる低賃金で自尊心を傷つけられるような肉体労働に従事した(Shrestha, M. 2017)。

インドで働くネパール国民については、労働許可証が必要ないため公式の記録が存在しない。だが、全国労働力調査(National Labor Force Survey)によると、インドには推定で約58万7646人のネパール人移民がおり、ほとんどの人がサービス業に携わっている(CBS, ILO 2019)。つまり、大部分の移民がインフォーマルな季節労働に従事している(Government of Nepal 2020)。国際労働機関(ILO)が公表した報告書によると、インドにおけるネパール人移民の約86%が、正式な雇用契約も福祉手当もないインフォーマル・セクターの日雇い労働者で、主に農業(約26%)や建設業(約30%)に携わっている。彼らの雇用主には、契約に伴う雇用者への食事・住宅・医療保険の提供義務が課せられていない(ILO 2020 [1])。ネパールは今日、経済の海外送金依存度が世界で5番目に高く(Gill, The Diplomat 2020)、2019年には87億9千万米ドルの送金がネパールに入った。血生臭い内戦、政情不安、壊滅的な被害をもたらした地震によって、多くの若いネパール人労働者が雇用機会を海外に求めるようになっている。2008/09年度以降、ネパール政府は世界110ヵ国向けの労働許可証を400万部以上発行してきた(Government of Nepal, Ministry of Labour, Employment and Social security 2020)が、何百万というネパール人の生存と生活にとって、インドへの出稼ぎが極めて重要な戦略であることに変わりはない。

図 地域別インドへの労働移住者数 提供:IOM

 

現地(ネパール・インド間)でのCOVID-19と移住の状況

新型コロナの前例のない流行により、人々の生活は、世界のほぼ全域で行き詰まりに近い状態となった。3月中旬にパンデミックへの恐怖が広がった頃、ネパールは、地域で最初にすべての商業やフライト、輸送手段を停止した国の一つとなった。2020年3月20日、ネパール政府は部分的なロックダウンを行い、長距離輸送サービスや国際線航空機の運航、生活に必要不可欠な業種を除く事業活動を停止させた。その2日後、国内で2人目のコロナ感染者が出たことを受けて政府は全国的なロックダウンを宣言し、3月24日から1週間にわたる国境封鎖を行った(The Kathmandu Post 2020[1])。感染拡大を抑えるため、インドでも2020年3月27日から3週間のロックダウンを行うことが決まり、大量のネパール人出稼ぎ労働者が国境を越えてネパールに逆流する事態となった(Nepali Times 2020[1])。ネパールでのロックダウンの1週間前には、インドから約50万人のネパール人出稼ぎ労働者が、職を失ったことにより、さらにインドで感染者が増加する中での感染拡大を恐れて、一切検査を受けることなく越境し、ネパールに帰国していた(Nepali Times 2020[2])。両国でロックダウンが実施されたことで、インドにいた大勢のネパール人が、母国を目指して何キロも徒歩で、あるいは交通機関を利用して移動を始めたが、最終的に国境で足止めされ、中間地帯で立ち往生した(Shrestha, Al-Jazeera 2020)。同じく、帰国を望む何百人ものインド国民も、国境のネパール側で足止めされた。ダルチュラ(Darchula)国境で立ち往生していた多くのネパール人たちも、帰国しようと命がけでマハカリ川(Mahakali river)を渡った。また、他の多くの人々も、危険な旅路の末にたどり着いた国境で彼らを足止めして入国させない政府に抗議した。このため、特に人権擁護団体・機関から政府への働きかけがあり、両国政府は一時的な措置として、彼らの安全な隔離を保証するため、食品や水などの必需品を提供することに合意した(The Kathmandu Post 2020 [2])。

ロックダウン中のジュラガート(Jhulaghat)の入国地点、ネパール、ダサラチャンドラ(Dashrathchanda)市。提供:IOM

ところが、両国の国境が抜け穴だらけであるために、国境の両側で足止めされていた多くの人々が非正規に入国する手段をとり、気付かれることなく国境を越えた。これに関し、2020年6月10日の国会演説でネパールのK.P. シャルマ・オリ(Sharma Oli)首相は、1日に1万人近くの人々がネパールに入国していると述べた。また、4月中旬から5月中旬のインドからネパールへの入国者数は7478人だったが、5月中旬から6月中旬にかけてこの数が急増し、22万2614人となった(My Republica 2020)。国際移住機構(IOM)による最近の調査「COVID-19が帰国移民に及ぼす影響とネパールの地方自治体の対応に関する迅速評価」の予備調査結果から、同調査期間(2020年6月23日~7月8日)中に確認された新型コロナ感染者の累計1万2510人のうち、90%にあたる1万1377人がインドからの帰国者であることが判明した(IOM 2020)。このため現地自治体は、インドの隔離施設で何日も過ごした国民を受け入れた直後に、再び彼らをネパール側の隔離施設へ送る結果となった(Nepali Times 2020 [3])。ネパールでロックダウンの宣言が出された時にはわずかに1名であった新型コロナの陽性者数は、インドから出稼ぎ労働者が帰国し始めると急増していった。6月中旬には、数十万人の出稼ぎ労働者とその同行家族の越境が国境で観測され、国境各県ではレベルの高い検査が実施された。実に累計患者数の82%がインドとの国境である第2州と第5州、そしてカルナリ州から報告されたという(WHO Situation Update 2020)。帰国する出稼ぎ労働者とその家族はいったん隔離センターに収容され、検査で陽性が判明した者は国境の各市県で隔離された。ところが、パンデミックが進行すると、地方自治体が設置した隔離施設までもが、連邦政府のガイドラインに基づく設置基準を満たしていなかったために感染の温床となった(The Rising Nepal 2020 [1])。当初は1週間のはずだったロックダウンは、さらに120日間延長された。経済の失速と政府の歳入減少を受け、ネパール政府は2020年7月21日、ロックダウンの解除を決定した。だが、ロックダウンが解除されるなり感染者数がさらに急増したため、政府はやむを得ず、8月中旬から再び首都を含む200人以上の陽性者を抱える各県にロックダウンを課した。とりわけ、インドと国境を接する第2州の全県では、感染者数が激増していたインド側の国境地域から人が自由に移動したことにより、ロックダウンの解除後に感染者数の急増が見られた(The Kathmandu Post 2020 [3])。

2020年8月現在、1カ月にわたるロックダウンはネパールの主要な経済活動に深刻な打撃を与え、ネパール人帰国者は再びインドへ出稼ぎに戻り始めている。ネパール西端部のある国境地点では、7月中旬以降、約1500人のネパール人出稼ぎ労働者がインドで働くために国境を越えている(The Rising Nepal 2020 [2])。ネパールは以前から、国内の窮地に陥った医療制度への対応に四苦八苦してきたが、新型コロナの感染者数が急増し、インドや他の出稼ぎ先からの帰国者数も増加するという新たな危機的状況の中で、次に何が起こるかが思いやられる。

 

医療、社会経済、安全確保への影響

ネパールの新型コロナウィルス感染者数は、2020年9月30日現在で7万7000人以上確認されており、そのうち死者は498人に上る(MoHP 2020)。民間の医療機関の大半は、この新しい疾患を治療するには力不足であること、移動制限により医療サービスへのアクセスが難しいことを理由に、新型コロナと似た症状を持つ患者の受け入れを拒否している。その結果、妊婦や合併症を抱える人など、高リスク集団の間で、若年者が死亡する事態が生じている(Singh 2020)。また、今回の危機によって引き起こされた失業や貧困の増加により、子どもや妊婦が栄養失調となり、食糧不足の可能性も一段と高まっている(Singh 2020)。全般的に見ると、新型コロナのパンデミックへの対応は妊産婦や新生児への医療サービスの提供に影響を与え、ロックダウン中の医療機関内での出産数は半減、死産や新生児死亡率が増加して、治療の質が低下した。この原因としては、女性たちが感染を恐れるあまり、医療機関での受診を思いとどまったこと、移動の制限、そして病床のひっ迫などがあげられる(Ashish, K.C. 2020; Karkee, R. 2020)。

図 地域別感染者数 提供:IOM

また、コロナに関する偏見や差別のせいで、医療従事者や一般市民の間に、心理的な問題を抱える人の割合が上昇しているという報告もある(Poudel 2020)。多くの医療従事者は、近隣住民への感染拡大を恐れる家主から、借家への立ち入りを拒否されている(Poudel 2020)。さらにネパールでは、ロックダウン後に自殺者数が増加している。ネパール警察の報告によると、自殺者数はロックダウン前に比べて20%以上増加した(Acharya 2020)。

この他、海外のネパール人出稼ぎ労働者への影響については、諸外国で新型コロナに感染した多くのネパール人出稼ぎ労働者が法的地位がないために医療保険の適用を受けられずにいること、彼らの医療へのアクセスをめぐる差別的な態度への懸念などが報告されている。また、出稼ぎ労働者は過密で非衛生的な労働・生活環境に置かれていることが多く、感染リスクが高い(ILO 2020 [2])。にもかかわらず、海外のネパール人出稼ぎ労働者の多くが、適切な個人用保護具もなく、より感染しやすい状態でロックダウン中も働き続けることを強いられている(The Kathmandu Post 2020 [4])。

世界銀行の予測では、海外送金の減少や出稼ぎで得られたはずの所得が失われたこと、旅行業界の破綻、インフォーマル・セクターでの失業、新型コロナの影響による生活必需品の価格の上昇などによって、ネパール人の31.2%が極度の貧困に陥る危険性を抱えている(Sah 2020)。同様に、ILOの推測では、コロナ禍の結果、370万人近くの労働者が深刻な経済生産の減少を経験する危機に瀕している(ILO 2020 [2])。同報告書から、160万~200万人の人々が、現在の危機によって完全に失職するか、労働時間や賃金を減らされることが明らかになった。

COVID-19パンデミック以前のベラヒヤ(Belahiya)通関手続き所の人通り。シッダールタナガル(Siddharthanagar)市、バイラワ(Bhairahawa)。提供:IOM

 

COVID-19パンデミックへの国の対応

この状況を受け、政府は新型コロナの感染爆発に対処するための追加的なガイドラインや指示を出すとともに、「医療部門緊急対応計画(Health Sector Emergency Response Plan)」を発表した。また、副首相の指揮の下、新型コロナウィルス危機管理センター(COVID-19 Crisis Management Center, CCMC)も立ち上げられ、事態への主な対策を推進している。

さらに政府は、コロナによって失業した人々や帰国した出稼ぎ労働者を主な対象とした「首相の雇用計画(Prime Minister Employment Project, PMEP)」を実施する準備も進めている。これは、失業者に基本的な雇用機会を確保しようとする計画だ。政府は最高裁判所の6月15日付送還命令に従い、帰国のための渡航費が支払えず足止めされている出稼ぎ労働者を対象に、送還にかかる費用を海外労働者社会福祉基金(Migrant Workers’ Welfare Fund)を通じて政府が負担するガイドラインの内容を最終決定した。

ネパールにおける移住に関して国連のIOMは、新型コロナ対応を担当する移住者収容センターの現場労働者に、感染予防策や偏見・ストレス管理に関するオリエンテーション・プログラムを提供した。同機関は電話調査を実施し、移住の状況や新型コロナに対する準備態勢、対応計画の把握に努めた。また、よりよい移住者管理のためにコロナ禍における移住の動態を観察する目的で、ネパールの3つの州(第1州、第5州とスドゥルパスチン州)にあるインドからの主な入国地点では、人口移動をマッピングする(Population Mobility Mapping, PMM)活動が行われている(IOM Situation reports, 2020[1][2][3][4])。さらにIOMは、ネパール保健人口省(Ministry of Health and Population, MoHP)が国際保健規則(IHR2005)に基づいて実施するすべての陸路国境地点のアセスメントを支援し、陸路10ヶ所の異なる国境地点を通る帰国者を検査する医療デスク設置計画について、その実用化に向けた検証もサポートしている(MoHP 2020 [1])。

 

予見される未来と今後の道のり

ロックダウンや数々の禁止令をよそに、ネパールでは新型コロナの感染者数が増加し、市中感染が進行していることが推測できる。当初の「新型コロナウィルス感染症緊急医療対応計画(Emergency Health Response Plan: COVID-19)」では最大1万人の陽性者数が想定されていたが、徐々に計画は更新され、陽性者数は予想をはるかに上回るもの(2万9千人)となった(MoHP 2020 [2])。

新型コロナの影響と先行きの不透明感のために、世界中、特にインドにいたネパール人の出稼ぎ労働者は、やむを得ず本国に帰国した。ところが不幸にも、大規模な失業や経済危機が続き、彼らの帰国後の運命はさらに不安なものとなった。このため、彼らは再び出稼ぎ先へ、特に感染者が増え続けているインドへと戻っていった。政府がいつまでも解決策を提供できずにいる中、大勢のネパール人が国境を越え、生計手段を得る機会を求めてインドに戻っており、おそらく、命を守る闘いと生活のための闘いでは、後者が勝るだろう(The Kathmandu Post 2020 [5])。インドへ出稼ぎに出るネパール人には、他の出稼ぎ先の国で得られるような社会保障も医療保険もない。それでも彼らはインドに戻り、インド経済が再始動して勤め口が見つかれば、どんな仕事であっても就職するしかない。そのような仕事の大半は単純労働である。両国間の開かれた国境とビザなしで移動できる手軽さも、日雇い労働者や長期滞在者、学生たちがインドへ戻る決断を後押ししている。それに、帰国した市民に提供される必要不可欠なサービスが限られていることや、ネパールに帰国した市民への差別も、彼らをインドでの出稼ぎに戻る気にさせる主な要因だ。彼らは、自分自身と家族に食事や住居を確保したいと願って、このような決断を下すのだ(RightsView 2020)。

ネパール政府や他の関係者は、コロナ感染者の検査や追跡、治療に力を注ぎ、移住女性や子ども、高齢者、障害者、帰国した出稼ぎ労働者など、社会的弱者を対象にした予防策や活動の監視、社会的保護も等しく重視されるべきだ。さらに、関係者は回復段階についても計画を始め、必要な時に迅速で効率の良い対応ができるようにしておく必要がある。また、政府も、帰国者管理のための長期対策を用意する計画を示すべきだ。首相の雇用計画によって短期的な雇用を提供するよりも、市民に技能を習得させ、仕事を提供することで、資産を形成していく政策により重点をおく必要があるだろう(Ministry of Labour, Employment and Social security 2020)。地域レベルでは、これらの長期計画を実施し、国内で起業を目指す人々を支援できるよう、市民自身が力をつける必要がある。これは大変な作業になるかもしれないが、政府の全レベルでの一貫性、対話、協調、協働によって実現できるはずだ。

 

2021年5月25日 公開 (2020年10月7日 脱稿)

吉田千春および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

参考文献

 

ラデシャム・クリシュナKC(Radheshyam Krishna KC): 過去10年間にわたり公衆衛生の分野で活動、また最近5年間は移民保健医療の分野で活動している。2015年ネパール地震の際には国際移住機関(IOM)に加わり、緊急時や人道的状況における公衆衛生関連プロジェクトの実施を支えた。同地での災害後プロジェクトが終了した後は、移民保健医療コンサルタントを務め、IOMがネパール政府のために行った国家移民保健医療政策(National Migration Health Policy)などの重要文書の草案作成にも協力した。また、移民の健康アセスメントの実務経験を持つ、移民医療に携わる医師としても活躍してきた。現在は、移民保健医療担当官(Migration Health Officer)を務め、移民保健医療プロジェクトを管理し、ネパール国内でのCOVID-19対応も含む、移民保健医療関連の様々な分野でネパール政府を支えている。現在、疫学の修士号を取得するため、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine)に在籍している。また、彼が共同執筆した多くの記事は、Nature Science, BMC Public Health, Globalization and Healthなどの査読誌に掲載されている。

 

スラクシャ・チャンドラセカール(Suraksha Chandrasekhar): 国際移住機関(IOM)アジア太平洋地域事務所の緊急時保健医療支援コンサルタント。現在はIOMのアジア太平洋地域における新型コロナ関連の協力・対策活動に技術支援を行う。医学部卒業後まもなく、トマス・ジェファーソン大学(米国)にて災害医学と人道支援の修士号を取得、ニューヨークに渡って国連本部事務局に勤務。2018年のエボラ出血熱大流行の際には、同地で国連平和維持活動(PKO)局に技術支援と後方支援を行った。以前はアメリカ赤十字社(フィラデルフィア)とインドの現地NGO、ライフ・アゲイン基金で働き、災害管理、ジェンダーに基づく暴力とリプロダクティブ・ヘルスケア、人道上の緊急時における健康の権利と健康保険の推進などの分野に携わった。

 

モンティラ・インコチャサン(Montira Inkochasan): 応用行動科学の博士号を取得、国際移住機関(IOM)アジア太平洋地域事務所にて地域移民保健医療事業支援担当者を務める。14年間にわたり、アジア太平洋地域での移住保健医療に関する事業や活動を支えてきた。IOMのHIV、結核、マラリア、パンデミックや新興感染症に関する移民保健医療事業に技術支援を行っており、移民保健医療に関する主要なテーマやトピックに関する質の高い調査やインパクト評価、報告を通じて企画書やプレゼンテーション、レポートの作成を支援している。また、質的研究、量的研究、応用研究、移住と医療サービスに関するマッピング、国・地域レベルでの行動変容に関する情報発信を指揮、監督している。10年以上にわたり、社会、保健医療、教育、マーケティングといった幅広い問題や分野の研究活動に熱心に携わってきた。ラオスではIOM事務所と移住関連のプロジェクトを4年間管理、その後、IOMアジア太平洋地域事務所の移民保健医療部門に参加した。

 

パトリック・ドゥイガン(Patrick Duigan): 過去12年にわたり、移民保健医療分野における様々な人道支援や開発現場で活動してきた。現在はバンコクを拠点としてIOMアジア太平洋事務所の地域移民保健医療アドバイザーを務める。IOMの国別ミッションとして、各国政府や現地および地域とグローバルなパートナーに支援やアドバイスを提供し、アジア太平洋各地における移民保健医療計画の推進を図る。オーストラリアの医科大学を卒業、大学院生としてアデレード大学、ジェームズクック大学、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院、リバプール熱帯医学校にて公衆衛生、熱帯医学、人道支援、小児保健医療の研究に取り組んできた。オーストラリア、パプアニューギニア、カンボジア、ミャンマー、ハイチ、フィリピン、ネパール、タイなど多くの国々で、結核、HIVおよびマラリア対策プログラム作成や保健医療制度強化の取り組み、緊急時の対応と復興、移民医療政策の分析や開発など、様々な事業に携わってきた。移民保健医療に関する出版物も何点か共同執筆し、中にはBMJ(British Medical Journal)やSEARO(WHO東南アジア地域事務局)のJournal of Public Healthや、Health and Human Rights Journalに掲載されたものもある。

 

Citation

ラデシャム・クリシュナKC、スラクシャ・チャンドラセカール、モンティラ・インコチャサン、パトリック・ドゥイガン(2020)「移民とCOVID-19──インドから戻る出稼ぎ労働者の大量帰国の対応に追われるネパール」CSEAS Newsletter 4: TBC.