COVID-19対策特別委員会の会見は、「敬愛する皆様」という呼びかけで始まる。3月末から毎日続く会見は複数のフェイスブックでライブ中継され、何千人もの視聴者を集める。内容は国内の検査状況と感染者情報、隔離状況等ほぼ型通りだが、新たな措置・法令に関する説明や個別セクターの報告が盛り込まれることもある。会見中、フェイスブックには「いいね」「超いいね」のリアクションマークが飛び交い、対策委員会や医療従事者を応援するコメントが続く。そして発言者はカメラ向こうの視聴者に「あらゆる民族の父母人民(ポー・メー・パサーソン・バンダーパオ)」と呼びかけ訴える。団結し、共に戦い、COVID-19に勝利するのだと。

特別対策委員会の会見(5月1日。向かって左からブンコーン保健大臣、ソムディ副首相、プートーン保健副大臣、写真の出典: 対策委員会Facebookより。)

ラオスにおいてCOVID-19、いわゆる新型コロナウィルスへの関心が高まり、SNS上の情報拡散に勢いが増したのは1月半ば以降のことである。各地で感染疑いの噂が広がり、マスクや消毒ジェルの需要が増えた。この頃には党政府も新型ウィルス対策に本腰を据え、ソムディ副首相を委員長、ブンコーン保健大臣を副委員長とする対策特別委員会を設置、矢継ぎ早に措置・法令を打ち出していく。感染予防の観点からは検疫強化と出入国制限、予防策の啓発、イベント・集会中止と全国一斉休校を決定、また、症例発生に備え隔離・治療拠点を設置し検査体制を拡充、さらに社会経済的混乱を回避するため国内生産奨励や交通輸送管理、価格統制等が急務とされた。時を同じくして航空便の運休と近隣諸国の出入国管理の厳格化により、空路・陸路ともにラオスからの出国は困難となった。事態は刻一刻と推移し、様々な情報が飛び交うなかで各国公館は自国民に緊急帰国を呼びかけ、大勢の外国人がラオスを後にした。そして3月24日、初の感染症例を発表、その後29日に「COVID-19対策に関する首相令6号」によりさらなる対策強化、いわゆるロックダウンが全土で展開されることになる。外出禁止や事業所の閉鎖を含む対策強化策は、当初4月19日までとされていたのが5月3日まで延長された。5月3日現在、国内における累計症例数は19、死亡数はゼロである。

この間、対策委員会はホームページとフェイスブックを通じて情報を発信し、国内の主要メディアもその拡散に努めた。ラオスでは2010年代以降スマートフォンが急速に普及し、様々なSNSが日常的に使われている。特にフェイスブックの人気は高く、人口の15%に当たる100万人が利用しているといわれる。他方において、一党独裁の社会主義体制が続くラオスでは、公的な場での言論・表現の自由は制限されている。フェイスブックのなかでも体制批判や公序良俗に反する投稿は規制の対象であり、実際に逮捕者も出ているが、裏を返せば社会政治体制の脅威とみなされない意見表明や問題提起は容認されているといってよい。人々の承認欲求を程よく満たし、憂さ晴らしの手段ともなるフェイスブックは、国民の不平不満を緩和するという意味で、体制側にとっても便利なツールといえよう。

そうした状況のなか、発信力と拡散力に優れるフェイスブックを対策委員会が活用しようとしたのは妥当な判断といえるが、副産物として、フォロワ-数やリアクション、コメントを通して国民の意向を把握し、必要に応じて軌道修正を図ることが可能となった。たとえば、初の感染症例の実名公表に批判が集まると、翌日の会見で釈明と謝罪が行われ、以後の感染症例も匿名とされた。また、村単位で通行証を発行する方針が発表された後、ある郡が定めた手数料が不当であるとして批判が相次ぎ、郡は直ちに措置を撤回、さらに首相府告示により通行証の発行手数料の徴収禁止が定められた。こうした対応はあくまで補足的なものであり、対策委員会の方針そのものが覆る訳ではない。それでも、国民の声に耳を傾け、問題の解決に努力する姿勢を見せることで対策委員会は国民の支持を取り付けることに成功したといえるだろう。

翻って、一連の対策を一般住民はどのように受け止め実践したのだろうか。上述の通り、1月半ば頃から新型ウィルスへの関心が高まり、人混みを避け、マスクを着用することが一般化していった。病院のみならず商業施設やオフィスビル、銀行等でも検温と手指消毒を実施し、小規模店でもロープを張ったり印をつけたりして、客と店員、客同士の間隔を確保する取り組みが拡がった。外出・外食控えが進み、テイクアウトやデリバリーの利用が急増した。徐々に不安が拡がるなか、人々に大きな衝撃を与えたのが全国一斉休校である。対策委員会が就学前教育の一時停止を提案したのに対し、教育スポーツ省は全レベルの一斉休校を決定、発表翌日からの実施を断行した。大半の人々はフェイスブックでこの決定を知り、コメント欄は賛否両論、歓迎する声もあれば、「誰が子どもの面倒をみるのか」「休校中の学費や教員の給与はどうなるのか」といった疑問も呈された。学校の対応は様々であり、外国人や富裕層の子弟が通うインターナショナル校や一部の私立校はオンラインで授業を継続、また一部の学校は課題を出したりプリントを配布したりしているが、大半は自習任せとなっている。教育スポーツ省はテレビとラジオ、インターネットで小学生向け教育番組の放映を開始したが、質量ともに十分とは言いがたく、授業再開後のフォローが課題である。

テイクアウト・デリバリー実施の看板 (写真の出典: 筆者撮影)

ちなみに、3月末まで国内の感染症例がゼロとされていた点について、感染隠しというよりは検査態勢が不十分で疑い症例を把握できていないというのが大方の見方であった。ラオスの医療水準は周辺国と比べても低く、首都の住民はタイ東北部やバンコクの病院を利用することが多い。反面、地方では病院へ行く物理的・経済的・心理的ハードルが高く、市販薬や伝統療法に頼りがちである。そのため軽症者や無症状感染者がそうと知らず放置したり、病院で感染が見過ごされている可能性は否定できない。常日頃は「サバーイ(心地よい、快適である)」な状態を好み、「ボーペンニャン(問題ない、気にしない)」と問題をうやむやにしがちなラオス人であるが、命の危険に関わるとあっては真剣にならざるを得ない。事実上の鎖国状態となり、自前の医療で未知のウィルスに立ち向かわざるを得なくなった人々の危機意識の高まりが、自衛手段としての予防行動に向かわせた。折しもロックダウン期間はラオス新年と重なり、例年であれば飲めや歌えのお祭り騒ぎとなるはずが、今年は宴会も寺詣でも禁止され、伝統儀礼がごく小規模に行われるのみとなった。なかには羽目を外して集団で飲み食いする人々もいたが、警察に咎められたり、フェイスブックに晒されたりして顰蹙を買ったため、多くの人々は自粛するのが賢明と考えたようである。そして自宅で過ごす時間が増えると、インターネットを利用する時間も増える。人々はオンラインゲームやユーチューブ動画に興じる傍ら、新型ウィルスのニュースや関連映像を追いかけ、国内外の感染状況に一喜一憂し、様々な情報を共有・拡散した。そして、フェイスブック上では指導者のメッセージを支持し、医療従事者と対策委員会の活動を称え、各国政府や国際機関、企業、篤志家の支援に拍手を送るという行動が波及して現在に至る。

スーパーのレジ (写真の出典: 筆者撮影)

総じて、ラオスにおける新型ウィルス対策は「予防」「封じ込め」という点で成功を収めつつある。強硬ともいえる政府の施策は、国民の理解と実践があってこそ効をなす。医療の脆弱さという、いわばマイナスの現状認識が、党政府と国民が危機意識を共有する基盤となった。累計検査数は5月3日までに2,184例と少ないが、これは当初、重症者に検査を限定していたことと、世間の目を恐れて検査を躊躇う心理が働いたためと考えられる。対策委員会は様々な媒体を通じて感染が疑われる場合の検査を促すとともに、濃厚接触者ならびに帰国者を含む入国者に隔離と検査を実施する体制を敷いている。なお、新型ウィルスの検査費・入院治療費とも無料である。感染者の半数はすでに退院しており、そのことは国内でも治療が可能と人々に知らしめ、検査・医療機関の信用を高める効果があった。専門医療団派遣と医療物資供与を行った中国やベトナム、その他各国政府・国際機関の支援が果たした役割も大きい。また、もともと人口が少なく密集しにくい、建物の気密性が低い、自家用車での移動が主流など、感染が拡がりにくい環境であることも封じ込めの成功に無関係ではないと思われる。食料自給率が高いこと、近隣諸国からの物資輸送が途切れず安定供給が続いたことも社会不安の軽減に作用した。新型ウィルスという未曽有の危機をひとまず乗り切ったことで、人々が自国への評価を以前よりも高めたことは想像に難くない。そして党政府は図らずも国民の団結を鼓舞し、その指導者として自らを位置づけるための演出方法を学んだといえるだろう。

しかしながら、現実に経済は停滞し、人々の暮らしに負の影響が及んでいる。企業や飲食店は大幅な減収となり、雇い止めや給料の未払いも相次いでいる。対策委員会は経済的影響を抑えるため、5月4日以降、対策の一部を緩和する決定を下した。これにより、大半の店舗は営業再開が可能となり、工場や投資事業も要件を満たせば再開が認められることになった。また、対策委員会は新型ウィルス影響調査の結果を踏まえ、支援策を検討中としている。すでに財務省は所得税の軽減を認め、予測される歳入減を念頭に国の事業の停止や延期、支出計画の見直しによる行政歳出の削減を目指して動き出している。危機を契機に高まった人々の党政府への支持と信頼が今後も維持されるかどうかは、経済対策の成否にかかっている。そして集まった援助・寄付の行方に人々のまなざしが注がれていることを鑑みれば、財の使途配分に関する丁寧な説明が求められよう。さらに、規制が緩んだことで人々の危機意識が低下し、予防行動が疎かになる可能性もあり、党政府は引き続き警戒を呼びかけ、感染第二波を防ぎながら経済を立て直すという舵取りを迫られている。公的債務管理と財政再建が長年の課題となっているラオスだが、新型ウィルス対応に効果を発揮した強いリーダーシップと各省庁の連携が活かされるかどうか、まさに正念場である。

最後に、新型ウィルス騒動を機に人々の価値観が変わる可能性について言及したい。端的にいうと、ラオス的なるものへの再評価である。新型ウィルスは先進国も途上国も、富裕層も貧困層も関係なく脅威となる。インターネットを通じて目にする先進諸国の惨状は、人々に驚きと衝撃をもって受け止められた。そこで得られるのは、高度医療や最先端技術、経済力をもつ国も万能ではなく、却って影響を被りやすいという視点であり、どの国も強みもあれば弱みもあるという気付きである。ラオスには十分な空間があり、自然があり、食料がある。その強みとありがたみに人々は気が付き、あるいは改めて感じ入るようになったのではあるまいか。都市部でも家庭菜園が流行している状況をみるにつけ,そんなことを考える今日この頃である。

 

2020年5月3日 脱稿

 

参考: 対策委員会HPと同FBへのリンク
対策委員会HP: https://www.covid19.gov.la/index.php
同FB: https://www.facebook.com/CIEH.MoH.Lao/

 

 

吉田 香世子: 岩手県出身。東北大学文学部卒業。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程研究指導認定退学。2010年よりビエンチャン在住。

 

Citation

吉田香世子(2020)「ラオスにおける新型コロナウィルス対策--「成功」の背景と今後の展望--」 CSEAS NEWSLETTER 4: TBC.