Vietnam

コメのATMから援助の手を差し伸べる

グエン・ティ・カーン・リー
ジャーナリスト、映画作家
Vietnam

コメのATMから援助の手を差し伸べる

 

コメATMにて一袋のコメを得た女性

 

ベトナムにおける新型コロナウイルスの症例数265件、死者数ゼロという数字は、世界の他の国よりもはるかに低い。しかしながら、さらなる感染拡大を防ぐため、政府は社会的距離を実施し、事実上、多くの小規模事業を営業停止にした。このことで、何百万もの人々が職を失う状況となった。

突然収入を失った人々のために、実業家や篤志家がベトナム各地のいくつかの都市で、無料でコメを配る機械を設置した。コロナウイルスの出現は、富裕層と貧困層の差をこれまで以上にはっきり際立たせた。貯金のある人にとっては、一時休業期間であっても持続可能な家計を活用しながら家族との時間を楽しんだり、娯楽や新たな学びを思う存分楽しんだり、のんびりしたライフスタイルを満喫することができる。だが、路上で商売をしている何百万もの人々は、貯金もなく、食事の度にまず食べ物を探さなくてはならない。路上ビジネスによって生計を立てる労働者たちが、ウイルス拡散阻止のための全国的な外出禁止令に一番苦しめられることとなった。こうして多くの小規模事業が休業に追い込まれた。何百万もの人々が働けなくなったのだ。

ベトナムでの路上経済は、自然発生的でインフォーマルで、人と人との関係の上に成り立っている。これが都市を形成し、ベトナム社会の特色となっている。路上に一人もいなくなればどうなるのかは、100万ドルの賞金がもらえるほど難しい質問だ。

シャットダウンの指示から1カ月後(4月25日現在)、ほぼ全ての商業活動が一時的に停止され、人々は感染症の拡大を避けるべく、自宅待機している。ベトナム経済は今、ドイモイ時代以降、最大の危機を迎えている。この疫病によって二重の危機が生じた。中国や韓国からの中間投入財が滞ったために生じた危機と、ヨーロッパ諸国の市場需要が小さくなったことによって引き起こされた国内生産活動の危機だ。さらにアメリカの社会的隔離政策は今、消費を減少させている。過去を振り返ると、最大の暗黒時代となった2008年の世界的な経済危機においても、ベトナムの公式の失業率は4%強にまで低下したが、これはフォーマル経済部門で多くの人々が職を失ったことが原因だった。大勢の人が故郷に帰り、農業や路上での仕事で生計を立てた。あの最も厳しかった時代に、この国の路上経済は何百万もの人々の命を救った。だが、今回の危機において、社会的隔離政策はウイルスの拡散を阻止する役には立つかもしれないが、路上経済の活力も抑えてしまう。今もなお、毎日、何時間も路上に立ち続けている何百万もの人々の状況がどうなるのか、全く見当がつかない。

ベトナム政府はコロナウイルスの大流行で被害を受けた貧しい人々や企業のために、62兆ドン(26億ドル)の経済支援パッケージを承認した。だが、貧しい人たちは、まだ待たされている。

政府の支援を待つ間に、一部の起業家たちは困窮者を素早く支援するアイデアを思いついた。ベトナム人の起業家たちは、「コメATM」を設置し、コロナ禍のために働き口が無いベトナムの人々に無料のコメを提供した。これがCNNによって世界に報じられた。無料のコメが出てくる機械など、話がうますぎて耳を疑ってしまうだろう。だが、「コメATM」は、コロナウイルスの大流行中にコメを最も必要とする人々を支えるため、ベトナム各地に設置されはじめた。多くの失業者たちにとって、コメATMが命綱となった。この一袋のコメがあれば一日食べる分を賄えるからだ。

コメATMでコメを受け取る人々

 

コメATMという素晴らしいアイデアによって、困窮者を支え、失業者に最低限の食事を提供することができるようになったが、実用の段階で思いがけない問題も出てきた。コメATMが実際に使われ始めて10日ほど経った今、ベトナムの主要都市の多くの地域で稼動中のATMをめぐって、多くの微妙な問題が生じている。コメATMの本来の趣旨は、コメを配る際、これを受け取る人々に敬意を払うという了解があった。つまり、食べ物のために「物乞いする」形ではないということだ。コメATMは、人々が自分でコメを取り出せるように作られており、大勢に取り囲まれる必要がない。そのため、恥ずかしさやみじめさが生じる原因ともなりうる、与える側と受け取る側が直に接する機会を避けることができる。多くのATM管理組織が、個人や企業から寄付されたコメを管理し、そのコメを助けを必要とする人々に配っているが、今、彼らはその運営の難しさに直面している。何が支援の度合いを決める基準となるのか。そして、さりげなく支援し、受け取り手に精神的苦痛を与えないようにするやり方も十分に配慮されてはいない。

ハノイやその他の主要都市では、いくつかのATMに人々が押し寄せた。彼らのほとんどは中年女性や高齢者だったが、中には若い人や、皮肉にも富の象徴であるスクーターに乗った人たちもいた。ここから、貧しくないのに支援を受けに来る者もいるのではないか、という疑念が生じた。そこで、支援を受けたい人は顔認証のための機器を使い、身分証明書番号を提示するといった提案が出てきた。極めつけは国民経済大学(National Economics University)の設置したATMで、これは顔認証のために同大学の研究成果を利用し、コメを受け取る人にマスクを外して身分証明書を提示するよう求めるものだった。並んで待った人たちは、1.5Kgのコメと1Kgの砂糖(合計額は2米ドルに相当)を受け取った。同大学がコメの配給に国民の情報を利用して研究成果を試したやり方に対して、ほとんど反対の声もなかったことがネットユーザーたちをひどく不快にさせている。

国民経済大学(NEU)にて顔認証を待つ人々(VietNamNetより)

 

また、若者たちもATMのコメを受け取りに来る例もあるが、ある少女は「十分貧しく」見えなかったという理由で拒否され、恥ずかしい思いをさせられた。この一件を録画した映像はソーシャルネットワーク上に拡散され、どのように慈善行為を行うべきかという議論が引き起こされた。貧しい人たちへのコメ支援という考え方を、コロナに苦しめられる人たち全般の支援という考え方に改めるか否かにかかわらず、支援が受け取り手を傷つけ辱めることは避けねばならない。

このパンデミック対策に際して、多くの人々はどのような犠牲を払ってもよいとは考えていない。そして全ての路上経済から、行商、露天商を通じた感染拡大の脅威を取り除こうとするのは危険である。路上で生活の糧を得ている人々の大半は、ごくわずかな所持金によって何とか着るものを身に着けているのだが、今回のパンデミックが長引けば、彼らはさらに貧しくなる。

今こそ、ベトナム政府は品物を販売して家に収入をもたらす露天商を重要視するべき時なのだ。よくよく思い出してほしい。路上こそが、何千万ものベトナム人たちにとって、家族を養う支えとなっていることを。路上こそが、ベトナムの比較的小規模な経済に驚くべきエネルギーをもたらし、ベトナムを支えてきたことを。

 

2020年9月1日 公開 (2020年4月27日 脱稿)

翻訳 吉田千春および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

筆者紹介
グエン・ティ・カーン・リー(Nguyen Thi Khanh Ly): ベトナムで最も人気のあるオンライン新聞VnExpressのベテラン記者。ホーチミン市を拠点とした自主製作のドキュメンタリー映画作家。現在はダナンでコミュニケーション・エグゼクティブを務める。監督した初のドキュメンタリー映画Below the Boulevard(2016)は、障害を負った兵役経験者の物語だ。2017年にはルアンパバーン映画祭の映画製作ワークショップでASEAN映画作家10人の一人に選ばれ、The Givingというドキュメンタリー映画を監督した。ドキュメンタリー最新作、An Unquiet Land(「落ち着かない土地」)は、2019年のビジュアル・ドキュメンタリー・プロジェクト(VDP)の上映作品に選ばれた。

 

Citation

グエン・ティ・カーン・リー(2020)「コメのATMから援助の手を差し伸べる」CSEAS Newsletter 4: TBC.