新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでマレーシア人の最も良い国民性と最も悪い国民性があらわになった。マレーシアでは、3月半ばに活動制限令(MCO)を発布して「外出を禁止する」ロックダウンを敷くと、一般の市民が同じマレーシア人を支援する慈善活動が随所で見られた。「#KitaJagaKita」(互いに守り合う)という公式スローガンは、ネット市民が寄付者など篤志家に、ロックダウンで悪影響を被る全国のさまざまな弱い立場の人々に目を向けてもらおうと始めた運動の精神を表すものであった(#kitajagakita 2020)。
その一方で、パンデミックはマレーシア社会の醜い一面も炙り出した。移民のCOVID-19感染が報じられると、外国人への排斥感情が高まった。全国紙は、移民は汚く不衛生だと言わんばかりの記事や論説を載せた。必要な法的書類を持たない非正規移民は以前から「不法滞在者」と呼ばれてきたが、彼ら彼女らが特に非難の的になった。ソーシャルメディアなどで反ロヒンギャ感情が広がると、ロヒンギャ難民の送還を当局に求める訴えが増大し、以前は好意的だったイスラム系の団体も、迫害されてミャンマーから逃げてきた難民に背を向けるようになった(Bedi 2020)。
移民に対する国民感情が悪化すると同時に、移民を排斥し罰する政策が取られた。政府は当初、COVID-19の治療を求める非正規移民は取り締まりの対象にしないと約束していたが、ほどなくして大規模な移民取り締まりを数回にわたって行ない、公衆衛生を名目に多数の移民を拘束した(The Straits Times 2020)。さらに、パンデミックの余波で失業率の上昇が懸念されるなか、政府は国民の雇用機会を拡大する施策の一環として移民の雇用を制限すると発表した。具体的には、移民労働力に最も頼っているのは製造業とサービス業であるにもかかわらず、移民の就労分野は農業、建設業、プランテーションに制限された(Tan et al. 2020, Azril 2020)。
移民に向けられた排外感情は驚くべきことではなかろう。パンデミック以前もマレーシアの移民は長く差別を受けてきた(Zainal et al. 2016)。残念ながら、パンデミックが起きると、そうした負の国民性が社会にますます広がるだけでなく、公共政策に影響し、マレーシアにおける移民の生活と生計にも影響しているように思える。
排外感情は社会に大きな影響を及ぼす以上、排斥される人々に対してどのようなことが述べられているのか検討する必要がある。非正規移民は本当に犯罪者なのか。移民は受入国に病気を持ち込み広げているのか。移民の雇用はマレーシア人の雇用機会と経済に悪影響を及ぼしているのか。これらは重要な政策問題であり、事実と証拠に基づいて答える必要がある。
非正規移民は犯罪者か?
マレーシアはCOVID-19のパンデミックのさなか、大規模な移民取り締まりを何度か行ない、非正規移民を逮捕した。彼ら彼女らは不法に入国・滞在した犯罪者だとされている(CodeBlue 2020)。2020年8月4日現在、一連の取り締まりで拘束された非正規移民は1万8355人にのぼる(Muhammad 2020)。
しかしながら、すべての非正規移民を犯罪者とみなすのはきわめて不公正である。多くの移民が不法滞在となる背景には虐待や搾取がある。アムネスティ・インターナショナルの詳細な報告によれば、マレーシアへの労働移住には多額の費用がかかり、負担の大きい条件で借金をして斡旋業者に手数料を払う例も多い。さらに、マレーシアで働く以前、働いている期間、そして働いた後も虐待が続く。多くの移民は就労パス(低・中技能の移民労働者を対象とした一時就労パス「(Pas Lawatan Kerja Sementara)」)の発行を約束されず、渡航書類は雇用主に取り上げられる。義務づけられた健康診断に不合格1といった理由で就労パスがおりなくても、斡旋者などへの借金を返すために働かざるを得ない。そのような状況にあるため、マレーシアにとどまって非正規の移民労働者として働くしか選択肢がない者が多い。就労パスの期限が切れた後も同様である。
COVID-19のパンデミック以降、法的地位を取り消される移民労働者が増えている。マレーシアではロックダウンを発動後、雇用主が移民労働者の雇用を不当に打ち切ったり、賃金を払わなかったりという事例が複数報告された(ILO 2020)。雇用主のそうした行為に加え、マレーシアでは政府が移民労働者の数を制限すると明言しており、正規移民が就労パスを失い、非正規移民になることを余儀なくされている。これは政府の現在の施策の結果であり、就労パスがなければ、移民労働者は雇用されない。雇用を打ち切られた移民は本国に送還されるし、別の雇用機会を求める移民は「不法滞在者」とみなされ、排斥される(IMI n.d.)。
さらに、移民取り締まりの結果、迫害され自国から避難せざるを得ないロヒンギャなど、難民も逮捕されている(Ahmed 2020)。マレーシアは難民条約(1951年)を批准していないため、政府は難民を非正規移民とみなしている(Puteri et al. 2019)。2020年半ばの時点で、国連難民高等弁務官事務所に登録されたマレーシア国内の難民は17万7940人で、その大半(10万1320人)がミャンマーからのロヒンギャ難民である(UNHCR 2020)。
このように、非正規移民はマレーシアに住んで働くための法的書類を持たないため法的な地位はないが、だからといって必然的に「犯罪者」となるわけではない。不法な地位に追いやられる状況は、だいたいが彼ら彼女らにはどうしようもないのは明らかであろう。実際のところは、彼ら彼女らは虐待や搾取を受けていて、犯罪者どころか「被害者」である。
移民は病気を持ち込み広げるのか?
移民はいつの時代も、世界中で病気の媒介者とされてきた。国際移住機関(IOM)によると、移民はしばしば「外来の」病気と一体視され、病気を受入国に持ち込んで広げ、受入国の住民を危険にさらすものと見られてきた(IOM 2020)。マレーシアでは結核、B型肝炎、梅毒、HIV/エイズといった感染症は移民の間で発生すると思われている(Azizah 2017)。
実際には、文献に見られるように、移民労働者は受入国に到着した時が最も健康であることが多い。これは、健康で体力のある者は厄介な移住手続きを経て入国にこぎつける可能性が高いことによる。そうした手続きの一つとして、義務づけられた健康診断に合格しなければならない(Davies et al. 2006, IMI n.d.)。健康診断後、感染症にかかっていることが判明するか、移住に不適格と判断されると、本国に送還されることが多い。半島マレーシアで行なわれた健康診断のデータによれば、受診した正規移民の大半は労働に適しており、2017年に不適格とみなされたのは2.2%に過ぎない(ILMIA 2020, 筆者算出)。さらに、マレーシアでは正規の移民労働者が増加しているにもかかわらず、健康診断で発見される感染症(結核、B型肝炎、性感染症など)は減少傾向にある(図1参照)。
図1 半島マレーシアの正規移民労働者の健康診断で発見された結核(青色)・B型肝炎(橙色)・性感染症(灰色)の症例数(2012~2017年)
出典: ILMIA (2020)
移民はマレーシアに病気を持ち込むのではなく、受入国で健康を害している可能性がある。これは特に、医療を阻む壁が移民にとって高いからである。国民は手厚い補助を受けて公的医療を利用できるが、移民に補助はなく、国内で最も低賃金であるにもかかわらず高額の医療費を請求される。正規移民労働者には移民労働者向け強制医療保険制度「外国人労働者入院・手術保険スキーム」(SPIKPA)が適用されるが、これは公立病院への入院と手術のみが対象で、医療費は通常自己負担しなければならない(Loganathan, et al. 2019)。
非正規移民の場合はマレーシアの医療への壁がさらに高く、滞在資格による逮捕や強制送還を恐れて医療を受けようとしない者が多い。この恐れは根拠のないものではなく国連特別報告者が2014年にマレーシアを訪問した際、「公立病院内の移民カウンターは、非正規移民や難民申請者が治療を求めてやってくると、警察に引き渡している」ことを確認している(Pūras 2014)。
正規移民も非正規移民も劣悪な住環境で暮らしており、すし詰め状態で同居していることも多く、それが感染症のリスクを高めている(Jarud et al. 2020)。政府は「労働者住宅最低基準法」を改正して移民労働者の居住基準を引き上げたが、雇用主には住居提供の義務がないため、実際には改善していない(MOHR 2019)。移民が自分で住居を探すなら、大勢で同居して費用負担を減らそうとするかもしれず、そうなれば感染症にかかるリスクがさらに高まる。
COVID-19のパンデミックのなかで移民を悪者扱いする傾向が世界的に続いている(Guadagno 2020)。隣国シンガポールとマレーシアでは、移民労働者の間でCOVID-19感染者が特に5月に急増し、COVID-19感染拡大の主たる責任は移民にあるという非難が沸き起こった(Nuradzimmah 2020)。マレーシアでロックダウン期間に行なわれた移民取り締まりは「罪のない自国民」を感染から守るために必要だったと政府官僚が強調したことで、この状況はさらに悪化した(CodeBlue 2020)。
当然ながら、マレーシアの移民が直面している医療問題は、COVID-19に対する移民の脆弱性を高めるばかりである。2020年8月27日現在、マレーシアにおける感染者のうち2742人(29.5%)が移民であった(MOH 2020、筆者算出)。人口に占める移民の割合は10%強であることを考慮すると、移民のCOVID-19感染率が異常に高いことがわかる。注目すべきことは、移民の感染者の大半はマレーシア国内で感染したのであり2、過密な移民収容所で検査を受け、陽性と判明した者が多い(Kanyakumari 2020)。したがって、マレーシアにおけるCOVID-19感染動向から次のように言える。移民は国外から感染症を持ち込む媒介者だという神話に反し、多くの場合、移民は住環境が劣悪で医療を受けられないがゆえに感染症にかかりやすいのである3。
移民労働者はマレーシア人の仕事を奪っているのか? 彼らは経済にとって「マイナス」なのか?
移民は受入国の失業率と経済全体を悪化させるとしばしば非難される。「世界価値観調査2018」によれば、マレーシアでは回答者の55.7%が、移民は失業を増大させると考えている(Haerpfer et al. 2020)。国際労働機関(ILO)とUN Women(国連女性機関)が2019年に行なった国別調査では、回答者の47%が、移民労働者はマレーシア経済に総じて悪影響を及ぼしていると回答している(図2参照)。COVID-19のパンデミックにより、マレーシアの失業率は1997年のアジア金融危機以来最も高くなり、GDP(国内総生産)は最も縮小したため、移民労働者に対するこうした否定的な見方がさらに強まった。その結果、マレーシア人労働者が優遇され、移民労働者は脇に追いやられている。
図2 移民労働者はマレーシア経済にどのような影響を及ぼしているのか? 全般に悪い影響(青色), 全般に良い影響(橙色), わからない(灰色), 影響なし(黄色)
出典:ILO-UN Women (2019)
現実をみると、移民がマレーシア人の失業を増大させるという見方を裏づけるエビデンスはない。世界銀行が1990年から2010年までのデータを用いて、マレーシアにおける移民労働者の影響を調査研究したところ、移民労働者が1%増加すると、フルタイム雇用が0.1%、パートタイム雇用が0.3%増加していた。また。移民労働者が10%増加すると、マレーシアのGDPが1.1%増加している(Del Caprio et al. 2013)。
人々のこうした一般的な見方とは反対に、実際にはマレーシア人がやりたがらない仕事の担い手を補充するために移民労働者が必要である。マレーシアの経済構造は長年にわたって労働集約的であり、主に未熟練・半熟練労働者が雇用されてきたが、労働者の教育水準は徐々に向上している。マレーシア人がより高技能の仕事に就く一方で、低賃金と劣悪な労働条件を引き受ける低技能労働者に対する需要が増え、それを満たすために移民労働者が連れてこられた(Tan et al. 2020)。ペトロナスツインタワーやクアラルンプール国際空港、サイバージャヤといった大規模な建設・開発プロジェクトは、労働ニーズを満たすために大量の移民労働者を必要とした(Crinis 2005)。今日でもマレーシア経済は、国民が汚い、危険、憂鬱、きついと感じる仕事(工場労働、飲食店での給仕・調理・清掃、建設業、農業など)に従事する移民に依存している。
つまり、移民労働者は一般にマレーシア人労働者と同じ職域を占めておらず、雇用をめぐる両者の競争はきわめて小さい。移民労働者はマレーシア経済に大きく貢献しており、マレーシア人には忌避されるが、この国に不可欠な仕事に携わっている。
結論と今後の方向
ウイルスへの恐れが世界の一部ではアジア人差別をあおり、マレーシアでは外国人への排斥感情が強まった (HRW 2020)。マレーシアで外国人への排斥感情が強まると、移民、特に非正規移民はおそらく社会の周辺にさらに追いやられるだろう。そしてそれは、マレーシアがCOVID-19パンデミックを抑え込む能力に大きく影響しかねない。たとえば、移民が安心して医療を受けることができなければ、移民の感染は他の人口に広がるまで発見されないかもしれない。移民労働者はマレーシア社会の相当部分を成しており、移民のためだけでなく、社会全体のためにも移民の健康と福祉を守ることがきわめて重要である。条件のよくない仕事に従事する人たちがいて、その労働の恩恵にあずかりながら、自分本位に浅はかにも排斥するのは、何よりも道義的に言語道断であろう。そうした態度はパンデミックにおいてはすべての人に害を及ぼす。
移民を悪者扱いする風潮は一夜にして生まれたわけではない。同様に、これを支持するイデオロギーや文化的偏見をなくすには時間がかかる。おそらくはメディア、特にソーシャルメディアがこの問題に加担してきた。デジタル時代にはソーシャルメディアの影響力がかつてないほど大きくなり、「フェイクニュース」や虚偽の情報、デマに対応するという新たな課題が生じている。ロヒンギャの完全な市民権を要求する活動家ザファル・アフマドを取り上げた編集動画も、世論に影響を及ぼしたソーシャルメディアの一例である。これが拡散され、ネチズンを怒らせ、ロヒンギャへの反感を増大させた(Bedi 2020)。デマやヘイトスピーチを抑えるために、政策決定者がこうした新たな課題を検討すべきであるのは明白であろう。
さらに、移民から人間性を奪い去ろうとする無理解、誤解を正すことに加え、移民を論じる際に用いられる用語の再検討に意識的かつ広範に取り組まねばならない。マレーシアでは、法的書類を持たない非正規移民を指す “illegals”(不法滞在者)という用語がごく普通に使われ、移民は犯罪者だという見方を生み出している。さらに、マレーシアの移民に対する誤解に立ち向かうには、移民の生活状況や労働条件、健康状態への理解を深められる、より正確な信頼できるデータを収集することが重要である。正規移民に関するより正確な統計データの収集を任務とする特別委員会の設置は、政府がまっとうな方向へ一歩踏み出したことになるが、国内の不正規移民の理解に向けた行動計画がやはり必要である(Carvalho et al. 2020)。
国籍にかかわらず、誰もが敬意、配慮、尊厳をもって扱われなければならず、どのような状況にあっても一人ひとりの基本的人権は擁護される。このパンデミックから抜け出し、もっと強くなるために、私たちは結束して感染症と闘うだけでなく、偏見や非人間的な扱いとも闘わねばならない。テドロス・アダノムWHO事務局長が述べているように、「目下の最大の敵はウイルス自体ではありません。恐怖心であり、デマであり、偏見です。最大の味方は事実であり、理性であり、連帯です」(Adhanom 2020)。
2024年2月27日 公開 (2020年9月18日 脱稿)
(本稿は、マレーシアにおける移民労働者保護の可能性について論じたディスカッションペーパー “COVID-19: We Must Protect Foreign Workers”に基づく。筆者らはタン・テン・テン(Tan Theng Theng)とジョモ・クワメ・スンダラム(Jomo Kwame Sundaram)の貴重なコメントに感謝している。記述の誤りに対する責任は筆者らにある。)
本稿に記した見解はすべて筆者二人のものであり、筆者らが所属する研究所の見解とは異なることがある。
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注釈
- 1 マレーシア移住を希望する者は、まず自国で健康診断を受けて合格しなければならない。マレーシアで就労パスを受けとるには、入国後1カ月以内にもう一度健康診断を受けなければならない(IMI n.d.)。
- 2 8月27日現在、国外で感染して入国した者は904人、感染者全体の9.7%であった。これがすべて移民だとしても(考えにくいが)、移民の感染者に占める割合は33.0%に過ぎない(Kaos Jr 2020)。
- 3 易感染性要因を別にすれば、シンガポールの移民労働者向け宿舎でCOVID-19感染が急増後、政府が移民対象のCOVID-19検査を増やしたことも、移民の感染者が多い一因である(Tong 2020)。
筆者紹介
ジャルート・ロマダン(Jarud Romadan): カザナ研究所(KRI)研究員。開発経済に関心があり、特に排除、不平等、貧困を研究テーマとする。日本の政策研究大学院大学で修士号取得(公共政策)。マレーシア国際イスラム大学卒業(経済学士(優等学位))。
ナジハ・ムハマド・ヌール(Nazihah Muhamad Noor):カザナ研究所(KRI)研究員。公衆衛生政策に関心があり、世界の保健衛生、医療制度、公平を研究テーマとする。インペリアル・カレッジ・ロンドンで学士号(生物医学(優等学位))と修士号(公衆衛生)を取得。
ヘッダー画像: クアラルンプールの鉄道(LRT)の駅を清掃する労働者(Joshua Anand[ジョシュア・アナンド]撮影。2017年11月16日、画像サイト「Unsplash」に公開)
Citation
ジャルート・ロマダン, ナジハ・ムハマド・ヌール (2020)「マレーシアにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と「汚い外国人」神話」CSEAS Newsletter 4: TBC.