Myanmar

ミャンマーにおけるCOVID-19
──なぜ我々は備えをしなかったのか──

アウン・ミン
医師、映像作家
Myanmar

ミャンマーにおけるCOVID-19
──なぜ我々は備えをしなかったのか──

 

今のいわゆる「コロナの時代」に、オンラインのソーシャルメディア、特にFacebookにアクセスが殺到している。国家指導者、アウン・サン・スー・チーまでもが同サイトを活用し、これを通じて国民と対話するようになった。Facebook上では、多くのビルマ人が彼女を英雄視し、崇拝するコメントを盲目的に書き込んでいる。彼女が国民に語りかける様子は、まるで教祖様だ。彼女を称賛する無数の人々は、民衆の母スーとのコミュニケーションを通じてCOVID-19と闘っていると考えている。しかし、それ以外の者たちは、彼女は単なる「話し相手」で、戦略的な指導者ではないとみなしている。軍部の指導者や地方にいる軍部への協力者たちは、国内のCOVID-19の状況については、ほとんどコメントをせずに沈黙を守っている。

だが、ビルマ軍はヤカイン(アラカン)州での戦闘を続けている。国がコロナウイルスに注目し始めた一方で、軍部はヤカインでの攻撃を著しく激化させてきた。というのも、アウン・サン・スー・チーその人が、軍部にヤカインの少数民族地域での戦闘を要求したからだ。

どうやら彼女は、ウイルスは一時的な問題であり、戦争に勝利することの方がより重要だと考えているらしい。また、国民の大多数が「必要なものを手に入れるためには戦争しかない」と信じ切っており、両者の有益な対話によって解決策を見出すことができると考える者はいない。事実、戦闘に関するこうした信念に火を点けたのは、誰あろう伝説的英雄であるビルマ軍の元将軍「アウン・サン」である。現在、少数民族地域での戦闘は熾烈かつ暴力的に続いており、今回のパンデミックがミャンマーの地域社会に拡大しようがお構いなしだ。アウン・サン・スー・チーはFacebook上で、いかにウイルスから身を守るかを公然と語りながらも、他方では戦闘を続行すべきと主張し、結果として日常的に人が殺されている。

都市部では、人々が感染を避けるべく何週間も自宅に引きこもっている。これは大変なことだ。日々、労働者たち、特に日雇い労働者はウイルスよりも餓えを恐れている。一方、中産階級の人々は自宅でFacebookに夢中であるものの、ウイルスによる死を恐れて自分たちの子供やお年寄りのことを気にかけている様子だ。また、パンデミックが彼らの仕事にどういう影響を及ぼすかと気を揉む者たちもいる。

多くのビルマ人の若者が、海外で働いて得た収入を国内の家族に仕送りする。地方の若者たちはヤンゴンなどの大都市に仕事を求めてやって来る。既にウイルスが拡散した国々に出稼ぎ労働をし、ヤンゴンに戻ってきた労働者もいる。そして今、政府は外国から大量に帰国してくる出稼ぎ労働者の対応に四苦八苦している。戻ってきた出稼ぎ労働者は、感染よりも隔離されることを恐れている。

自宅待機を余儀なくされた間、私は映像作家、医師、アート・セラピストとして、自分自身にこう問いかけた。「なぜ、我々はこのパンデミックに対する備えをしなかったのか」と。ただ生き残るだけでよいならば、実際われわれは何とか生き残っている。村にとどまる代わりに、物騒で混雑した都会に誰もが出てきて働いているのはなぜなのか。山間部の少数民族がもつような価値観や生きがいを見出すことはできないのだろうか。また、少数民族の彼らにはなぜ支援が届かないのだろうか。そしてなぜ、少数民族の彼らは都会に出て働かざるを得なくなったのか。少数民族の住む山間地域は、教育や十分な社会保障を欠くために危険でつまらぬところだとされてきた。我々はまだ、現在進行中のウイルスとの闘いにおいて、少数民族の住む地域がどれ程、回復力を秘めた地域であるかに気付いていないのだ。

 

2020年9月1日 公開 (2020年4月16日 脱稿)

翻訳 吉田千春および京都大学東南アジア地域研究研究所

 

筆者紹介
アウン・ミン(Aung Min): 医師、脚本家、映画監督。私立の診療所アウン・クリニック(Aung Clinic)を経営し、小説やアートに関する記事、映画の脚本を執筆している。2010年にドキュメンタリー作品「ザ・クリニック(the Clinic)」を製作。国際的に高い評価を得た長編映画「ザ・モンク(The Monk)」の脚本を書いた。現在はアート・セラピストとしてアウン・クリニックのメンタルヘルス・イニシアティブに取り組む。

 

Citation

アウン・ミン(2020)「ミャンマーにおけるCOVID-19 ──なぜ我々は備えをしなかったのか──」CSEAS Newsletter 4: TBC.